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アモス書

あなたは準備ができているでしょうか

時々、人々はこの世を見て、犯罪や暴力、そして天災について考えるとき、神様がすぐに来て、すべてを治してくださることを望みます。けれども、彼らは本当に何のためにそう望んでいるのか理解しているでしょうか。

神様はイスラエル人にこう言われました。

すべての広場に嘆きが起こり、すべての通りで、人々は『ああ、ああ』と言い、農夫を呼んで来て泣かせ、泣き方を知っている者たちを呼んで来て、嘆かせる。すべてのぶどう畑に嘆きが起こる。(アモス書5:16ー17)

それはなぜでしょうか。

それは、わたしがあなたがたの中を通り過ぎるからだ。(17)

つまり、神様が来られると、すべてを治してくださいますが、犯罪や天災だけを止めるのではありません。神様は人々の心の中にある罪も扱われます。そして、神様はあなたの罪も扱われます。「扱う」とはどういう意味でしょうか。

神様はこう言われました。

ああ。主の日を待ち望む者。主の日はあなたがたにとっていったい何になる。それはやみであって、光ではない。

人が獅子の前を逃げても、熊が彼に会い、家に入って手を壁につけると、蛇が彼にかみつくようなものである。

ああ、まことに、主の日はやみであって、光ではない。暗やみであって、輝きではない。(18-20)

神様は何を言われているのでしょうか。

人々は神様が来ると、地震や犯罪、暴力、その他の災いが終わると思います。それはその通りです。しかし、あなたの心の中に悪いことがあるなら、神様はあなたも裁かれます。

イスラエル人は「主の日」を待ち望んでいましたが、その真理を理解していませんでした。彼らは自分たちが正しい人々だと思っていましたが、神様の目には全く正しくありませんでした。

彼らは宗教的な祭りを祝ったり、いけにえやさまざまな捧げものを捧げたりしていたため、自分たちの神様との関係は問題ないと思っていました。

けれども、それ以外では、彼らは自分自身のために生きていました。そのため、神様にとっては、彼らの祭りやいけにえ、捧げものには何の意味もありませんでした。

彼らは、神様が来ればすべてが良くなると思っていましたが、事実は、神様が来ると彼らの状態はさらに悪化するということでした。

彼らの問題は、神様が何度もさまざまな災いを通して警告されたにもかかわらず、その警告を無視し続けたことです。したがって、神様が来るのは、イスラエルが望んだ救いのためではなく、彼らの裁きのためなのです。

そのため、神様はこう警告されました。「あなたたちはライオン(この世の災い)から逃れることはできるが、熊(自分の罪のための裁き)に会う。」(19)

つまり、神様が来られたとき、イスラエル人は準備ができていなかったのです。あなたはどうですか。神様に会うための準備はできていますか。

宗教的な行動だけでは不十分です。教会に行ったり、十一献金を捧げたり、日曜日に良い行いをしたりするだけでは足りません。

むしろ、あなたはあなたの人生全体を神様に捧げる必要があります。あなたの心を神様に捧げなくてはなりません。

最も重要なのは、あなたの救いのために自分自身の努力に頼るのではなく、イエス様とその十字架の働きに信頼することです。

そうすれば、「主の日」は喜びの日となるでしょう。しかしそうしなければ、その日は裁きの日となります。

あなたは準備ができていますか。

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アモス書

あなたがもっと知っていると。。。

「無知であることは幸せだ。」

時々、人々はそのように考えることがありますが、神様によると、その考えは間違っています。

1章と2章では、神様が多くの国々を裁くと警告されました。なぜでしょうか。神様はその理由を語られています。

彼らは正しいことを行なうことを知らない。(アモス書3:10)

けれども、「神様の律法を知らない」というのは言い訳にはなりません。なぜでしょうか。それは、彼らが自分の心の中で、自分が悪いと分かっていたからです。パウロはこのように説明しています。

律法を持たない異邦人が、生まれつきのままで律法の命じる行ないをする場合は、律法を持たなくても、自分自身が自分に対する律法なのです。

彼らはこのようにして、律法の命じる行ないが彼らの心に書かれていることを示しています。

彼らの良心もいっしょになってあかしし、また、彼らの思いは互いに責め合ったり、また、弁明し合ったりしています。(ローマ書2:14ー15)

しかし、たとえ他の国々が無知を言い訳にできたとしても、イスラエルとユダはそのような言い訳をすることはできませんでした。

神様は彼らを他の国々から選び、彼らに直接ご自身を現されたからです。そのため、彼らには周りの国々よりも大きな責任がありました。

神様は彼らにこう言われました。

わたしは地上のすべての部族の中から、あなたがただけを選び出した。それゆえ、わたしはあなたがたのすべての咎をあなたがたに報いる。(3:2)

つまり、「あなたたちは言い訳をする余地はありません。あなたたちは周りの国々よりも多くを知っているはずです。モーセを通して、私はあなたたちに律法を与えました。何度も預言者を通してあなたたちに警告しました。

それにもかかわらず、裁きの日が来ると警告されていたのに、あなたたちは罪を犯し続けています。(3:7-8)

あなたたちは私の律法を知っているはずです。だからこそ、あなたたちはいけにえをささげたり、十一献金をささげたり、感謝の捧げものをささげたりしました。

けれども、私はこれらの捧げものが不十分であることを何度も警告しました。それでも、あなたたちは私の警告を無視し続けました。(4:4-11)

だから、あなたの神に会う備えをしなさい。あなたは私の前に立ち、あなたの行動について申し開きをしなければならないのです。」(4:12)

私たちはこの警告を通して何を学ぶことができるでしょうか。イエス様はこう言われました。

主人の心を知りながら、その思いどおりに用意もせず、働きもしなかったしもべは、ひどくむち打たれます。

しかし、知らずにいたために、むち打たれるようなことをしたしもべは、打たれても、少しで済みます。

すべて、多く与えられた者は多く求められ、多く任された者は多く要求されます。(ルカ12:47-48)

あなたが神様の御心を知っていても、知らなくても、それは言い訳にはなりません。

もし悪いことをすれば、裁きが来ます。あなたが神様の御心を知っているなら、その罰はさらに厳しいでしょう。

けれども、知らないとしても、裁きは免れません。

だからこそ、無知であることは幸せではないのです。私たちは神様の御心を求めなくてはなりません。

しかし、神様の御心を知ることだけでは不十分です。その御心に従わなくてはならないのです。

あなたはどうでしょうか。神様の言葉を知っていますか。もし知らないのなら、ぜひ読んでください。神様はこう言われました。

「わたしを求めて生きよ。偽物の神と偽りを求めるな。」(5:4-5)

「主を求めて生きよ。そうしなければ裁きが来る。」(5:6)

もし、あなたが神様の言葉を知っているなら、その言葉に従いましょう。神様はこう言われました。

善を求めよ。悪を求めるな。そうすれば、あなたがたは生き、あなたがたが言うように、万軍の神、主が、あなたがたとともにおられよう。悪を憎み、善を愛し「なさい」。(アモス書5:14-15)

イエス様が言われたように、

聞く耳のある者は聞きなさい。(ルカ8:8)

そして、神のみ言葉に従いましょう。

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ヨエル書

決断の谷、裁きの谷

さばきの谷には、群集また群集。主の日がさばきの谷に近づくからだ。(ヨエル書3:14)

この日本語の翻訳と英語の翻訳には少し違いがあります。日本語では「裁きの谷」と訳されていますが、英語では「決断の谷」と訳されています。

おそらく、英語の翻訳のほうが文字通りの表現ですが、日本語の翻訳を読むと、ヨエルの意図がよりよく理解できると思います。

なぜなら、主の日が来ると、主に従うかどうか決断する時間はもう残されていないからです。

この箇所では、人々はすでに決断しています。つまり、国々は神様に反抗し、神様とその民に戦いを挑むためにその谷に来ました。彼らは神様と戦うために来たと思っていますが、実際には神様の裁きの場に来ているのです。

そして、神様はこう言われます。

わたしが、そこで、回りのすべての国々をさばくために、さばきの座に着くからだ。(12)

だから、「決断」というのは人々の決断ではなく、神様の決断です。つまり、神様はこの反抗的な人々を裁かれるのです。 その日、彼らはイエス様に背を向け、イエス様を踏みつけたため、永遠の罰を受けることになります。へブル人への手紙の著者が言ったように、

私たちは、「復讐はわたしのすることである。わたしが報いをする」、また、「主がその民をさばかれる」と言われる方を知っています。生ける神の手の中に陥ることは恐ろしいことです。(へブル10:30-31)

それは恐ろしいことですが、真理です。

しかし、もしあなたが神様に向かい、イエス様をあなたの主として認めるならば、神様はあなたの罪を赦してくださいます。神様はこう言われました。

わたしは彼らの血の復讐をし、罰しないではおかない。主はシオンに住む。(ヨエル3:21)

だから、私たちは裁きの谷に来る前に決断しなければなりません。それは、イエス様を主として認めるか、それとも神様に背を向け続けるかということです。

神様に向かうならば、神様はあなたに赦しと祝福を注がれるのです。けれども、そうしなければ、裁きが訪れるのです。

あなたはどのように決断しますか。