カテゴリー
テモテへの手紙第二

走るべき道のりを走り終える

今日の箇所では、パウロはテモテにすごく厳しい訓戒で挑戦します。

なぜでしょうか。パウロは、大変な時期が来ると知っていたからです。その時期に関して、パウロはこう言いました。

というのは、人々が健全な教えに耐えられなくなり、耳に心地よい話を聞こうと、自分の好みにしたがって自分たちのために教師を寄せ集め、真理から耳を背け、作り話にそれて行くような時代になるからです。(テモテへの手紙第二4:3-4)

その言葉を現代に当てはめることができます。私たちはそのような人々の間で生きています。

そして、聖書の教師として、また、一般のクリスチャンとして、私たちが文化の流れに従うことは簡単なことです。イエス様の教えを曲げるのは簡単なことです。

でも、パウロはテモテだけではなく、私たちにもこう言います。

神の御前で、また、生きている人と死んだ人をさばかれるキリスト・イエスの御前で、その現れとその御国を思いながら、私は厳かに命じます。

みことばを宣べ伝えなさい。時が良くても悪くてもしっかりやりなさい。

忍耐の限りを尽くし、絶えず教えながら、責め、戒め、また勧めなさい。(1-2節)

その訓戒はとても厳しいものです。

パウロは私たちに思い出させます。「あなたはいつか神の御前で、また、キリストの御前で裁かれます。あなたは、イエス様がいつか帰って来られることを思い出さなくてはなりません。その日にイエス様が御国を建てられることを覚えていなくてはなりません。」

その真理を覚えていながら、パウロの訓戒に従うべきです。

私たちはどうするべきでしょうか。

1.み言葉を宣べ伝えなくてはいけません。

人々が聞きたいところだけではなく、不愉快なところも宣べ伝えなくてはなりません。

また、パウロは、こう言いました。「時が良くても悪くてもしっかりやりなさい。」

言い換えると、便利な時でも、不便な時でも、み言葉を伝えなくてはいけません。

時々、み言葉を伝えるのはあまり便利ではありません。私たちは自分の予定が入っているし、早く自分の計画を果たしたいと思います。

けれども、時には神様が誰かを私たちの元へ導かれることがあります。そして、その人にみ言葉を伝えるという使命を果たす必要があります。

時々、私たちがみ言葉がその人を怒らせると知っているので、み言葉を伝えるのは不便です。

でも、パウロによれば、私たちは神様とキリストの御前に立ちます。そして、ある日、イエス様は帰って来られて、自分の国を建てられます。そして、その日、イエス様は私たちとその人を裁かれます。

だから便利にしろ、不便にしろ、私たちはみ言葉を伝えなくてはいけません。

2.人々を矯正しなくてはいけません。

相手が真理がちゃんと分からないとき、また、何が良いか何が悪いか分からないとき、私たちはその人の考え方を矯正するべきです。

3.人々を戒めなくてはいけません。

相手が罪に落ちた時、また、罪に落ちそうなとき、私たちは彼らを戒めなくてはいけません。もしかしたら、彼らは悔い改めるかもしれませんから。

4.人々を励まさなくていけません。

試練の時に、誰かが諦めようと思う時、私たちはその人がイエス様から目を離さず、諦めないように励ますべきです。

この世の人々が真理を拒絶するときが多いので、私たちがみ言葉を伝えると、迫害されるかもしれません。でもパウロは私たちにこう言います。

けれども、あなたはどんな場合にも慎んで、苦難に耐え、伝道者の働きをなし、自分の務めを十分に果たしなさい。(5節)

偽教師がたくさんいるし、私たちは試練に直面するかもしれないけど、パニックになってはいけません。むしろ、苦難に耐え、大胆にイエス・キリストに関する良い知らせを伝え、神様から務めを果たさなくてはいけません。

その務めは、あなたに神様が与えてくださった人々に触れることです。

最後に、パウロは私たちに言います。「今、あなたの番です。」 パウロは自分についてこう言いました。

私は勇敢に戦い抜き、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました。あとは、義の栄冠が私のために用意されているだけです。

その日には、正しいさばき主である主が、それを私に授けてくださいます。(7-8a)

でもパウロは続けます。

私だけでなく、主の現れを慕い求めている人には、だれにでも授けてくださるのです。(8b)

あなた他はどうですか。あなたは主の現れを慕い求めているでしょうか。あなたは「御国が来ますように」と祈っているでしょうか。

あなたがどのように自分の走るべき道のりを走り終えるか、あなたの答えによります。