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創世記

恥がない

創世記2:25

この箇所を読むとき、私が一番印象に残っているのは、神様の愛と親切さです。人間を創造するとき、神様は愛を持って、アダムとエバのすべてのニーズに備えてくださいました。

例えば、美しくて美味しい食べ物を造られました。納豆のような食べ物ではなく、美しくて美味しそうなものを造ってくださいました。(納豆が美味しいと思う人が本当にいるのでしょうか。)

それに、神様は彼らに楽しい仕事を与えてくださいました。

そして、アダムが自分の必要性を知る前に、神様はエバを創造してくださいました。

アダムはエバを初めて見たとき、本当に嬉しかったようです。もしかしたら彼は、「すごい!この人こそ私が探し求めていたものだ。神様は私のためにこの人を造ってくださった。やった!」と言ったかもしれません。

そして聖書によれば、彼らは裸でも恥じることがありませんでした。

結婚はそのような関係であるべきです。夫婦は裸でも恥じることがないはずです。

けれども、私はセックスのことだけについて話しているわけではありません。夫婦は恥じることなく、心のすべてをさらけ出すべきです。夫婦は互いを完全に受け入れるべきです。

相手のすべてを知り、受け入れ、喜ぶべきです。

「すごい。この人は素晴らしい」と言う態度を取るべきです。

しかし、たくさんの結婚はそうではなく、早々に崩れてしまいます。

私たちみんな、相手のことを知りたいし、自分を知ってもらいたいと思っています。また、相手に受け入れられたいとも思っています。

一緒に笑い、遊び、話し合うという喜び。それこそが神様がデザインされた結婚生活なのです。けれども、サタンは私たちからそのような結婚生活を奪いたいとどれほど強く望んでいることでしょうか。

拒絶されることを恐れ、相手に私たちの心をさらけ出すことができないと思う人が多いです。もしかしたら、あなたは過去に傷つき、自分の心をさらけ出すことがもうできないと思うかもしれません。

しかし、もしあなたが命の創造主に立ち返り、その無条件の愛と受け入れを受け取るなら、あなたは癒されます。そして、あなたは相手を愛し、受け入れることができるようになります。

さらに、神様はあなたの死んだ結婚を復活させ、新しくしてくださいます。

そして、アダムとエバの関係のように、あなたは裸で恥じることのない結婚生活を送ることができるようになります。

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