私の娘が生まれたとき、たくさんの人が「彼女はあなたに似ている」と言いました。
彼女は私の眉毛と鼻を受け継いでいるらしいですが、多分お母さんの口を持っているのだと思います。
私の友だちが言ったのは、もし娘が迷子になったら、人々が私たちの顔を見て、「あ、その人はお父さんですね」とすぐに分かるだろう、ということでした。それこそがDNAの力なのです。
とにかく、罪にもDNAがあるのです。そのDNAは人から人へと受け継がれます。特に、家族の中でその通りなのです。
神様はその意味で、このことを語られたのだと思います。
あなたの神、主である私は、ねたむ神、私を憎む者には、父の咎を子に報い、三代、四代にまで及ぼ(します)。(出エジプト記20:5)
初めてこれを読むと、これは不公平のように見えるのです。
神様が父や母の罪のために子どもを罰しておられるように思われるからです。
しかし、後になって神様は明確に語られたのです。
父親が子供のために殺されてはならない。子供が父親のために殺されてはならない。人が殺されるのは、自分の罪のためでなければならない。(申命記24:16)
それに、エゼキエル書で、神様は多くの人々が引用していたことわざを非難されたのです。
そのことわざは、神様が親の罪のために子どもを罰しておられることを暗示していたのです。
けれども、神様が親のために子どもを罰されないのであれば、「三代、四代にまで及ぼす」とはどういう意味なのでしょうか。
私はこう考えます。
特に家族の中で、罪とその結果は人から人へと受け継がれるのです。
例えば、結婚のことです。父と母が自己中心的な生活をし、互いに愛し合わず、敬わず、結局離婚するなら、その子どもは聖書的な結婚をよく理解できません。
そのため、彼らが大人になって結婚すると、両親の罪を繰り返し、彼ら自身の結婚もうまくいかなくなるのです。
親が子どもを虐待する場合、多くの子どもは「自分の子どもは決して虐待しない」と心に誓います。
けれども、いざ両親になると、無意識のうちに自分の子どもを虐待し始めてしまうのです。
また、親がアルコール中毒や麻薬中毒である場合、多くの子どもも同じようにアルコール中毒や麻薬中毒に陥ってしまいます。
そして、その悪循環は途切れることなく続いていくのです。
一人ひとりは自分の罪のために罰を受け、苦しみます。しかし、その罪を次の世代へと受け継いでしまうのです。
だから、その子どもも同じ罪を犯し、両親のように苦しみ、さらに次の世代へ罪と苦しみを受け渡してしまうのです。
この罪の悪循環を断ち切る方法はあるのでしょうか。
罪のDNAを私たちの子どもに受け渡すことを阻む方法はあるのでしょうか。はい、あります。
5節の最も大切な言葉は「神様を憎む者には」です。
神様が語られたのは、もし人が神様を憎むなら、父の咎を子に報い、三代、四代にまで及ぼすということなのです。
人々が神様を拒絶すると、彼らの人生の中で罪が強い力を持ち、彼らは罪の影響に対して脆弱になります。
そして、もし彼らが自分の力で罪と戦おうとすれば、すぐに分かるのは「自分には力がない」ということなのです。
つまり、両親の罪を繰り返したくないのに、結局そうしてしまい、自分の子どもにその罪と苦しみを受け渡してしまうのです。
罪の悪循環を断ち切りたいなら、生ける神様との関係が必要なのです。
神様の人生を変える力が必要なのです。
私たちはこう祈らなくてはなりません。
「神様、あなたが必要です。あなたの癒しが必要です。罪の奴隷の生活から私を解放してください。私は力がありません。助けてください。」
もし私たちが悔い改め、神様を呼び求め、心の王座を神様に捧げるなら、神様は私たちに勝利を与え、その罪の悪循環を断ち切ってくださるのです。
もはや罪を子どもに受け渡すことはありません。むしろ、神様の愛を受け渡すのです。
神様が語られたように、「私の命令を守る者には、恵みを千代にまで施します。」
あなたの人生の中には、どのようなDNAがあるのでしょうか。
罪のDNAでしょうか。
それとも、人生を変える神様の愛のDNAでしょうか。

One reply on “十戒:罪のDNA”
[…] 以前、私はその言葉の意味を説明しました。 […]
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