この箇所をスキップしてしまうのは簡単なことかもしれません。なぜなら、この箇所は安息日についての内容ですし、パウロがコロサイの教会に宛てて書いた時に、次のように言っているからです。
安息日のことについて、だれにもあなたがたを批評させてはなりません。(コロサイ2:16)
私はその理由をここですでに書きました。
しかし、この箇所から、クリスチャン生活の重要な原則を学ぶことができると思います。
どうしてイスラエル人たちは安息日を守らなければならなかったのでしょうか。それは、安息日を通して、彼らが三つのことを示したからです。
第一に、彼らは神様を創造主として敬うことを示しました。彼らは神様の創造の働きを思い起こし、神様が7日目に休まれたことを覚えました。
第二に、彼らは神様への信頼を示しました。安息日に彼らは休むことで、神様が必要を満たしてくださることを信じました。
第三に、彼らは神様への服従を示しました。信頼と服従は深い関係があります。神様を信頼しないと、神様に従うことは難しいのです。
残念なことですが、イスラエル人たちはその三つのことに失敗しました。神様は彼らにこう言われました。
「もし、安息日を守るなら、私はあなたを祝福します。しかし、そうしないならば、裁きが起こります。」
なぜでしょうか。
安息日を守るのは簡単なことでした。それにもかかわらず、彼らは安息日を守らず、神様を敬わず、神様に信頼せず、神様の命令に従いませんでした。
彼らが安息日を守らなかったことは、彼らの心にある大きな問題の兆候だったのです。
あなたはどうでしょうか。神様を敬っていますか。神様があなたのためにしてくださったことを思い起こし、神様を賛美していますか。
神様に信頼していますか。神様はあなたのために最善の道を知っておられ、あなたの最善を望んでおられることを信じていますか。
また、小さなことでも神様に従っていますか。
神様はイスラエル人たちにこれらのことを望まれました。そして、それは私たちにも同じように望まれています。
私たちが神様を敬い、神様に信頼し、従う者となるように。
