今日、ヨハネの福音書21章を読んだとき、私はこう思いました。
どれだけペテロは自分の罪の重さを感じたでしょうか。どれだけ、ペテロはイエス様を裏切ったことを覚えていて、後悔したでしょうか。
でも、ペテロがイエス様の御前に立ったとき、イエス様は彼を叱り飛ばすようなことはなさいませんでした。イエス様はペテロから償いを要求しませんでした。
むしろ、イエス様はただ一つの質問を訊かれました。
「ペテロ、あなたは私を愛しますか。」
そして、ペテロの愛が不完全なものであったのに、イエス様はその愛を受け入れられました。
その後、イエス様はペテロに言われました。
「私に従いなさい。」
さらに、イエス様はペテロに御国の働きを委ねられました。
時々、私たちは罪悪感に打ちのめされます。私たちは自分の罪と失敗の大きさを見るから。
私たちは、いったいイエス様が私たちの罪を赦すことができるのか疑問に思います。
でも、イエス様は私たちにただ一つの質問を訊かれます。
「あなたは私を愛しますか。」
そして、私たちの愛がどんなに不完全なものであるにもかかわらず、イエス様はその愛を受け入れられます。
そして、イエス様は私たちに言われます。
「私に従いなさい。」
さらに、イエス様は、私たちのような壊れた人々に触れる働きを私たちに委ねられます。
だから、自分の罪の大きさを感じましょう。
でも、そのあと、神様のさらに大きな恵みを受けましょう。
私たちの罪は大きなものかもしれないけど、神様の恵みはさらに満ち溢れますから。(ローマ書5:20)
