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創世記のデボーション

聖書にはどうしてこんなに酷い話があるの?

創世記38章

「どうして、聖書には、こんなに酷い話が書いてあるのだろうか」と疑問に思ったことがありますか。

ユダとタマルの話は、本当に酷いと思いませんか。でも、聖書には他にも酷い話がたくさん書かれています。

簡単に答えると、それが人間の歴史なのです。人間の歴史は、酷い話に満ちています。

聖書は、理想的な人間の歴史を描いているのではありません。聖書は、罪深い人間の歴史を描いています。

でも、それだけではなく、聖書は、罪に歪んだ人間をあがなうことができる神を描いています。

ユダとタマルの話は本当に酷いですが、最終的に私たちの救い主は、その血筋から来られました。(マタイの福音書1章を調べてください。)

あなたは、この世界や自分の生活の中で、多くのひどい罪やひどい状況を目にするかもしれません。

けれども、私たちが神様に信頼を寄せるなら、神様があがなうことができない人や状況はありません。

だからこそ、パウロはこう書きました。

私は福音を恥としません。福音は。。。信じるすべての人に救いをもたらす神の力です。(ローマ1:16)

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