そこで、兄弟たち。あなたがたの中から、御霊と知恵に満ちた、評判の良い人たちを七人選びなさい。
その人たちにこの務めを任せることにして、私たちは祈りと、みことばの奉仕に専念します。(使徒の働き6:3ー4)
今日の箇所を読んだとき、「祈りとみ言葉」と「御霊と知恵に満ちた人」の関係が見えてきました。
御霊に満ちた人になりたいですか。イエス様のように、御霊に導かれ、その力によって歩みたいですか(ルカ4:1、14)。
そのような人生を送りたいのであれば、御霊と繋がらなくてはなりません。つまり、私たちは祈らなくてはならないということです。毎日、私たちは、御霊が私たちを満たし、力を与え、導いてくださるように祈るべきです。
イエス様は私たちに言われました。「求め続けなさい。探し続けなさい。たたき続けなさい。そうすれば、神様は必ず御霊を与えてくださいます。」(ルカ11:9-13)
知恵に満ちた人になりたいですか。聖書に専念する人にならなくてはなりません。聖書を読み、その言葉に思いを巡らしてこそ、神様のように考え始めるのです。
使徒たちはその二つのことに専念したので、御霊と知恵に満ちた人になりました。でも、そのような生活は、ただ偉いクリスチャンたちのためのものではありません。
私たち皆が、そのようなクリスチャン生活を送るべきなのです。
使徒の働きの時代、すべてのクリスチャンたちはみ言葉と祈りに専念していました。(使徒の働き2:42)
だから、そのような生活は、ただ偉いクリスチャンのためであるという嘘を信じてはいけません。イエス様についていくすべてのクリスチャンが、そのように生きるべきなのです。
神様の民である私たちが御霊と知恵に満ちて生きるとき、私たちの愛する人々、そしてこの国の人々も変えられ、イエス様に従うようになります。
