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ガラテヤ人への手紙のデボーション

神様から離れる

ガラテヤ人への手紙1章

私は驚いています。あなたがたが、キリストの恵みによって自分たちを召してくださった方から、このように急に離れて、ほかの福音に移って行くことに。(ガラテヤ人への手紙1:6)

「神様から離れる」という言葉を聞くとき、私たちは、罪の道に戻る放蕩息子のような人をよく考えるでしょう。

もちろん、そのような人は神様から離れているけれど、パウロは違うことについて話しています。

ガラテヤ人たちにとって危険なのは、罪の道に戻ることではなく、ルール中心の生活を送ることです。彼らの場合、割礼を受けなくてはならないし、いろんなユダヤ教の儀式的な律法に従わなくてはならないと教えられました。

でも、その儀式は真の聖さとは何の関係もありませんでした。(コロサイ2:20〜23)

さらに、その律法は一時的なものでした。その律法の目的は、ユダヤ人にキリストを指し、キリストの到来に備えて彼らの心を整えるということです。(ガラテヤ3:19〜25)

私たちはルールではなく、神様に焦点を合わせるべきです。「神様は私の人生とその回りで、何をしておられるだろうか。御霊は私をどこに導いてくださっているだろうか。」

ルールに集中する人生は、自己中心のものです。つまり、私たちはよくこう考えます。「私は神の基準に達しているだろうか。」

恵みの生活は神中心です。「神様はとても良いお方です!神の恵みと愛は素晴らしい!神様はどこに行っておられるだろうか。私も行きたい!神の働きに参加したい!」

だから、神様から離れる人生、特にルール中心の生活を捨てましょう。むしろ、喜びをもって、毎日毎日、一瞬一瞬、御霊に導かれましょう。

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