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使徒の働きのデボーション

曲がった世の中の善良な人

使徒の働き11章

(バルナバ)は立派(別訳:善良)な人物で、聖霊と信仰に満ちている人であった。(使徒の働き11:24)

今日の箇所を読むとき、私はバルナバのような評判を持ちたいと思いました。

善良な人。著者であるルカは、バルナバについてその言葉を用いたとき、具体的に何を言おうとしていたのでしょうか。

ルカは、バルナバが御霊に満ちた人であることも言いました。もちろん、バルナバは御霊の力と知恵に満ちた者だったと思います。

しかし、彼は御霊の実にも満ちていたのでしょう。

つまり、バルナバは愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制に満ちた者だったでしょう。(ガラテヤ人への手紙5:22~23)

それは「善良な人」の良い定義だと思います。

けれども、この曲がった世の中で、彼はなぜそのように歩むことができたのでしょうか。どうして周りの現実を見て、ひねくれてしまうことはなかったのでしょうか。

なぜなら、彼は信仰にも満ちた者だったからです。それは、神様が良いお方で、この乱れた世の中をなお治めておられると信じる信仰です。

この世が、御霊と信仰に満ちたクリスチャンたちをもっと見ることができるなら、どれほど違った目でキリスト教を見るようになるでしょうか。

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