あなたは、御民を苦しい目にあわせ、よろめかす酒を私たちに飲ませられました。(詩篇60:3)
このことばは私の心を打ちました。
ときに、神様はご自身の民を苦しい目にあわせられます。そして、その苦しみによって、私たちはよろめいてしまいます。
例えば、13~14年前、私の会社が倒産し、私は9ヵ月ほど失業しました。
また、私の父は事故で失明してしまいました。
その数年後、私は父が病気で衰弱し、やがて亡くなっていく姿を見守りました。
そのうえ、友だちが早く亡くなるのを見たこともあります。
そして、数年前、私たち全員がコロナのパンデミックに直面しました。
しかし、ダビデはこう言いました。
あなたは、あなたを恐れる者に旗を授けられました。弓から逃れた者をそこに集めるために。(詩篇60:4)
私はそれを読んで、出エジプト記17:15を思い起こしました。その時、モーセは主を「アドナイ・ニシ」、 つまり「主はわが旗」と呼びました。
主は私たちの避け所です。 私たちが恐れ、苦しんでいるとき、主のもとに集まることができます。 主こそ、私たちを救ってくださる方だからです。
苦しみは人生に避けられないものです。 しかし、神様を愛する人たちに対して、 また、神のご計画に従って召された人たちに対して、 その苦しみは決してむなしいものではありません。むしろ、
苦難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出(します)。。。
この希望は失望に終わることがありません。なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです。(ローマ人への手紙5:3-5)
神様はその愛を十字架によって証明してくださいました。(ローマ書5:6~8)
だから、苦しい時期には、十字架のまわりに集まりましょう。
しかし、心に留めておきましょう。イエス様はもう十字架にはかかっておられません。
むしろ、イエス様は死を打ち破られました。だからこそ、イエス様のおかげで、私たちは最終的に勝利を得るのです。(詩篇60:12)
