すると、パウロは言った。「私はカエサルの法廷に立っているのです。。。私はカエサルに上訴します。」(使徒の働き25章)
「法廷」という言葉は、聖書の別の箇所では「さばきの座」と訳されています。特に、「神のさばきの座」(ローマ14:10)と「キリストのさばきの座」(第二コリント5:10)です。
それゆえ、今日の箇所を読んだとき、私の心にはこの思いが浮かびました。
パウロがカエサルのさばきの座の前に立ったように、ある日、私たちも神のさばきの座の前に立たなければなりません。そのとき、サタンは私たちに対して、容赦ない告発を突きつけてくるでしょう。
しかし、パウロへの告発とは異なり、サタンの告発は正当なものであり、私たちは死に値する者です。なぜなら、私たちは確かに多くの罪を持っているからです。
それでも、私たちは神の子として宣言できます。「私はイエス・キリストに上訴します!」
そして、十字架で流されたイエス様の血によって、神様は私たちに対し「無罪」との判決を下してくださるのです。
これは、なんと素晴らしい真理でしょうか。
だからこそ、サタン、または自らの良心さえも容赦なく私たちを責めるとき、大胆に叫びましょう。
「私はイエス・キリストに上訴します!」
