『わたしが喜びとするのは真実の愛。いけにえではない』とはどういう意味か、行って学びなさい。(マタイの福音書9:13)
今日の箇所を読んだとき、私が気付いたのは、この章全体を通して、イエス様が「わたしが喜びとするのは真実の愛。いけにえではない」ということを、行いによって示しておられるということです。
イエス様は中風の人をあわれんでくださいました。
マタイとその友だちをもあわれんでくださいました。
長血をわずらっていた女の人や、死んだ娘の父親をもあわれんでくださいました。
二人の盲人をもあわれんでくださいました。
悪霊につかれた人をもあわれんでくださいました。
そして、イエス様は羊飼いのいない羊の群れのように、弱り果てて倒れていた人々をあわれんでくださいました。
それを読んで、私は、パリサイ人たちだけでなく、自分自身も「わたしが喜びとするのは真実の愛。いけにえではない」ということの意味を学ばなければならないと気付かされました。
神様は、単なる宗教的な熱心さを求めておられるのではありません。神様が望んでおられるのは、私が神様のお心を持つことです。
この壊れた世界の人々は、王であるイエス様を切実に必要としています。神様は、私がその人々に対するあわれみ深い心を持つことを望んでおられます。
主よ、私があなたのお心を持つ者となるようにしてください。

