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使徒の働き

御霊に満たされ続く

この箇所を読むと、二つのことに気づきました。

第一に、御霊に満たされることは一度きりの経験ではありません。むしろ、神様の民は何度も御霊に満たされました。この箇所でそのことが分かりますし、使徒の働きの中でも何度も確認できます。

第二に、御霊に満たされることには特別な目的があります。この箇所では、その目的が二つ示されています。つまり、大胆さと力です。

ルカは最高法院の人々について、こう記しています。

彼らはペテロとヨハネの大胆さを見、また二人が無学な普通の人であるのを知って驚いた。また、二人がイエスとともにいたのだということも分かってきた。(使徒の働き4:13)

少し考えてみてください。ペテロとヨハネは逮捕され、一晩中拘束されました。 そのため、彼らが最高法院の前に引き出されたとき、宗教的な指導者たちは彼らが恐れるだろうと予想しました。

ところが、ペテロとヨハネは大胆にイエス様のことを伝え、聖書を引用しました。さらに、彼らは驚くべき言葉を語ったのです。

この方(イエス様)以外には、だれによっても救いはありません。天の下でこの御名のほかに、私たちが救われるべき名は人間に与えられていないからです。(12)

彼らは世間一般の漁師でした。特別な宗教的な教育を受けたわけではありませんでした。それでも、彼らは力と大胆さをもって、そのことを語りました。

さらに、宗教的な指導者たちがどれほど彼らを迫害しても、ペテロとヨハネを黙らせることはできませんでした。

また、宗教的な指導者たちは、イエス様の空っぽのお墓を説明できず、癒された足の不自由な人の奇跡を否定することもできなかったため、ペテロとヨハネの言葉に反論することができませんでした。

そこで彼らは協議を重ねた後、ペテロとヨハネを再び脅し、イエス様の名によって語ることも教えることも禁止しました。

しかし、ペテロとヨハネは再び大胆に答えました。

神に聞き従うよりも、あなたがたに聞き従うほうが、神の御前に正しいかどうか、判断してください。

私たちは、自分たちが見たことや聞いたことを話さないわけにはいきません。(19-20)

宗教的な指導者たちはそれを聞くと、さらに二人を脅しましたが、結局は彼らを釈放しました。

ペテロとヨハネは、仲間のクリスチャンたちと再会すると、共に祈りました。特に、すべての人々がイエス様こそメシアであることを知るために、神様がクリスチャンたちに大胆さと力を与えてくださるように祈りました。

そのあと、

集まっていた場所が揺れ動き、一同は聖霊に満たされ、神のことばを大胆に語り出した。(31)

この話から、私たちは何を学ぶことができるでしょうか。

第一に、イエス様のためにこの世に影響を与えたいと思うなら、私たちの中に聖霊の臨在が必要です。

私たちはただの一般人かもしれませんが、聖霊を通して大胆さと力を持つことができ、神様は私たちを通して素晴らしい働きをされます。

しかし、私たちはどれほどその大胆さと力を欠いているでしょうか。私はその感覚がよく分かります。自分の欠点と弱さを知って、自信を持てないことも多くあります。

だからこそ、私たちは皆、聖霊に満たされ続けなければなりません。

私たちは御霊の器ですが、そこには多くのひびが入っています。私たちは疲れることもあります。世のものに心を奪われてしまうこともあります。絶望することもあります。

だから毎日、さらに毎秒、神様の働きをするために聖霊様に満たされなければなりません。

聖霊様、私はあなたを必要とします。どうか毎日私を満たしてください。この世の民はあなたを本当に必要としています。だから、あなたの働きをするために、私を力と大胆さで満たしてください。イエス様の御名によって祈ります。アーメン。