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伝道者の書のデボーション

満足して生きる、祝福を分かち合う

この章の主なテーマの一つは、満足することです。ソロモンはこう書きました。

目が見ることは、欲望のひとり歩きにまさる。 これもまた空しく、風を追うようなものだ。(伝導者の書6:9)

私たちが満足していないなら、自分の人生を楽しむことができません。でも、どれだけ私たちは持っていないものを追い求めすぎて、持っているものを楽しんでいないでしょうか。

ソロモンは、たくさんの子供がいる人について話します。しかし、自分の不満のゆえに、その人は自分の子供たちとの関係を楽しみませんでした。だから、彼は愛されていない人として亡くなり、彼の死を悼む人は誰もいませんでした。(3)

でも、満足することだけでは足りません。イエス様の例え話の一つでは、ある人は大満足でした。(ルカ12:16ー21)

でも、彼がとても自己中心だったので、神様は彼を裁かれました。もしかしたら、イエス様がこの話を語られたとき、伝道者の書6:2を考えておられたかもしれません。

私たちは、神様に人々を祝福するように召されています。人々を祝福するにつれて、私たちはイエス様の言葉を実感します。つまり、

受けるよりも与えるほうが幸いである。(使徒の働き20:35)

神様があなたに与えてくださった人生を楽しみたいと思うでしょうか。

満足することを学びましょう。

そして、神様があなたを祝福してくださったように、周りの人々を祝福しましょう。

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テモテへの手紙第ー

何を求め、何を待ち望んでいるのか

この世の人々は、さまざまなものを追い求めています。

名声、力、安心――その中でも、最も熱心に追い求められているのは、お金でしょう。名声はしばしば金銭的な利益につながり、お金は快楽や力、さらには安全さえも手に入れる手段と見なされているからです。

さらに、福音を通して裕福になろうとする牧師や伝道者たちさえいます。実際、パウロの時代にもそのような人物が存在していました。

けれども、パウロはそのようなものを追い求めてはならないと教えています。

むしろ、彼はこう語ったのです。

しかし、満ち足りる心を伴う敬虔こそが、大きな利益を得る道です。(テモテへの手紙第一6:6)

さまざまな意味で、「満ち足りた心」と「敬虔」は深く結びついています。

敬虔な人々は、この世のものによって満たされているのではありません。むしろ、神様との平和を持っているからこそ、彼らの心は満ち足りているのです。だから彼らは、何よりもまず神様ご自身を求め続けます。彼らにとって本当に必要なのは、神様だけなのです。

その一方、不敬虔な人々にとって、満足することは極めて難しいのです。彼らは常に、より多くの物を欲しがります。そして、持てば持つほど、その心はますます空しさを感じるようになります。

ある人は、一時的に神様から離れても満足できると思うかもしれませんが、最終的にはすべてを失ってしまうのです。

パウロはこのことをよく知っていて、次のように語りました。

私たちは、何もこの世に持って来なかったし、また、何かを持って出ることもできません。(7)

やがて来る裁きの日、人々が神様の御前に立つとき、その地位や財産は何の意味も持たなくなります。神様はそのとき、こう尋ねられることはありません。

「あなたはどれほどの財産を持っていたか。私に何を捧げることができるか。」

むしろ、神様が尋ねられるのは、ただ一つの問いです。

「あなたは、私のひとり子との関係を持っていたか。」

だから、パウロはテモテに命じました。「お金を追い求めてはなりません。お金を愛することがあらゆる悪の根であり、ついには永遠の滅びに至ります」(9〜10節)。

今の世においても、お金への愛によって、多くの人々が自らの人生を壊しています。

たとえば、ギャンブルによって家庭や生活を崩壊させたり、金銭を追い求めるあまり過労し、家族関係や心身を壊してしまったりします。お金への愛が原因で、多くの人が多くの苦しみによって自らを刺し貫いてきたのです。

だから、パウロはこう語ったのです。

衣食があれば、それで満足すべきです。(8)

では、私たちは何を追い求めるべきなのでしょうか。

私たちは、義、敬虔、信仰、愛、忍耐、そして柔和を追い求めるべきです(11節)。それこそが、神の人にふさわしい歩みなのです。

もし私たちがこれらのものを心から追い求めるなら、どれほど人生が祝福されることでしょう。私たちの結婚生活や人間関係はどれほど豊かになるでしょう。私たちの神様との関係は、どれほど親密になるでしょうか。

そのような生き方には、はかり知れない益があります。

このあと、パウロは金持ちに対して、非常に実用的な助言を与えました。というのも、裕福な人にとって、自分の財産に頼るのは容易なことだからです(実際には、金持ちでなくても多くの人がそうしてしまいます)。

しかし、パウロはテモテにこのように命じました。

今の世で富んでいる人たちに命じなさい。

高慢にならず、頼りにならない富にではなく、むしろ、私たちにすべての物を豊かに与えて楽しませてくださる神に望みを置き、善を行い、立派な行いに富み、惜しみなく施し、喜んで分け与え、来たるべき世において立派な土台となるものを自分自身のために蓄え、まことのいのちを得るように命じなさい。(17-19)

お金は、それ自体が悪いものではありません。正しく用いるなら、実に多くの善を行うことができます。私たちは、たくさんの人々に触れることができます。

お金をそのように用いるなら、私たちは決して朽ちることのない資産を天に蓄えることになるのです。そしてその中で、私たちの人生の真の意味を見いだすことができるでしょう。

では、あなたはどうでしょうか。あなたは今、何を追い求めていますか。あなたの希望は、どこに置かれているでしょうか。

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イザヤ書

充実した人生

古いロックの歌詞にこんな一節があります。

「私は決して満足していない。」

多くの人々がこの言葉に共感します。彼らは「努力しても、努力しても、」決して満足できません。

それは、彼らが求めているものが虚しいものであり、結果として空虚さを感じてしまうからです。

けれども、この問題は現代に始まったものではありません。古くから人々は充実した人生を求めてきましたが、それを見つけることができませんでした。

イザヤの時代においても、同じ問題がありました。そのため、神様はこう語っておられました。

ああ。渇いている者はみな、水を求めて出て来い。金のない者も。

さあ、穀物を買って食べよ。さあ、金を払わないで、穀物を買い、代価を払わないで、ぶどう酒と乳を買え。

なぜ、あなたがたは、食糧にもならない物のために金を払い、腹を満たさない物のために労するのか。

わたしに聞き従い、良い物を食べよ。そうすれば、あなたがたは脂肪で元気づこう。

耳を傾け、わたしのところに出て来い。聞け。そうすれば、あなたがたは生きる。(イザヤ書55:1-3)

多くの人々は、食べ物や飲み物、またさまざまな物を手に入れるためにお金を使います。そのために彼らは夜遅くまで働き、「もしその物を買うことができたら、私は満たされるだろう」と考えます。

しかし、神様はこう言われます。

「あなたはお金を無駄にしているのです。その物を得るために時間とお金を費やしても、それらはあなたを満たすことはありません。一方で、わたしが与えるものを受け取れば、真の満足と真の命を得ることができます。」

では、どこで真の満足を見つけることができるのでしょうか。イザヤはこう語ります。

主を求めよ。お会いできる間に。近くにおられるうちに、呼び求めよ。

悪者はおのれの道を捨て、不法者はおのれのはかりごとを捨て去れ。主に帰れ。

そうすれば、主はあわれんでくださる。私たちの神に帰れ。豊かに赦してくださるから。(6-7)

つまり、すべての物よりも、命を与える神を求めなくてはなりません。自分自身の道を捨て、悔い改めてください。そうすれば、赦しと真の命を得ることができます。

多くの人々は自分の道を歩み続けます。その道が幸せに導くと信じているからです。

彼らは神様の道を選ぼうとしません。なぜなら、神様が彼らの喜びを取り去ろうとしていると誤解しているからです。けれども、神様はこう言われました。

「わたしの思いは、あなたがたの思いと異なり、わたしの道は、あなたがたの道と異なるからだ。――主の御告げ――

天が地よりも高いように、わたしの道は、あなたがたの道よりも高く、わたしの思いは、あなたがたの思いよりも高い。

雨や雪が天から降ってもとに戻らず、必ず地を潤し、それに物を生えさせ、芽を出させ、種蒔く者には種を与え、食べる者にはパンを与える。

そのように、わたしの口から出るわたしのことばも、むなしく、わたしのところに帰っては来ない。必ず、わたしの望む事を成し遂げ、わたしの言い送った事を成功させる。

まことに、あなたがたは喜びをもって出て行き、安らかに導かれて行く。山と丘は、あなたがたの前で喜びの歌声をあげ、野の木々もみな、手を打ち鳴らす。(8-12)

神様は何を言われているのでしょうか。

「あなたは自分の思いや道が最善だと思っているかもしれません。しかし、私の思いと道はそれよりもはるかに高いのです。あなたには見えないものが、私には見えています。あなたが理解できないことも、私はすべて理解しています。

そして、雨と雪が天から降り、植物を育て、芽を出させ、種を蒔く者には種を与え、人々を祝福するように、私の言葉もまた、あなたのために私が望むことを必ず成し遂げるのです。

ですから、私を信頼し、私に従いなさい。そうすれば、あなたは祝福され、さらに周りの人々も祝福されるでしょう。」

その結果は何でしょうか。それは、喜びと平和に満たされた人生です。さらに、充実感あふれる人生です。

あなたはどのように生きているでしょうか。虚しいものを追い求めているでしょうか。もしそうであれば、結果として虚しい人生を手にすることになるでしょう。

そうしないでください。あなたには本当の満足を見つける方法があります。

そのためには、自分自身のプランやプライドを捨てる必要があります。

そして、謙虚な心を持って神様の前に出て、「あなたに信頼します。毎日あなたを求めます。あなたの道を学びたいので、私に教えてください」と祈りましょう。

そうすれば、あなたの結婚や仕事、人生において、本当の満足を見つけることができるでしょう。

あなたはどの道を選びますか。

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伝道者の書

不満からの空しさ

私が____を持っていたら、私は満足です。

あなたはどのようにこの文章を完成させますか。「妻」?「夫」?「もっと良い仕事」?「もっとお金」?

実際のところ、もし今あなたが不満を感じているなら、たとえ何を持っていても、決して満足することはないでしょう。ソロモンはこの真理を理解していました。彼は次のように話しました。

金銭を愛する者は金銭に満足しない。富を愛する者は収益に満足しない。これもまた、むなしい。

財産が増えると、寄食者もふえる。持ち主にとって何の益になろう。彼はそれを目で見るだけだ。(伝道者の書5:10-11)

多くの人々はお金をもっと欲しがりますが、どれぐらいあれば十分なのでしょうか。多くの人々は物を求めますが、どれぐらいあれば満足できるのでしょうか。実際、多くの人々にとっては、決して十分ではありません。

そのため、より良い地位やより高い給料を得るために、人々を踏み続けるのです。(5:8-9)

しかし、最終的には、それは虚しいのです。なぜなら、満足感を得られないからです。

どれほど多くの服を買っても、結局一度も着ないままの服がどれだけあるでしょうか。どれほど多くの物を買っても、使わないまま放置している物がどれほどあるでしょうか。

持ち物が増えるかもしれませんが、ソロモンが言ったように、それはただの「目の保養」にすぎません。見た目が良くても、使われないのなら価値はありません。

さらに、金儲けがあなたの人生の目的になってしまうと、どうやってそのお金を持ち続けるかという心配に取りつかれ、寝不足になります。(5:12)

ある人々は、お金が無くなることへの恐怖に囚われ、そのお金を握りしめるあまり、自分の人生を楽しむことができません。

他の人々は、馬鹿げたことにお金を使うため、すぐに財産を失ってしまいます。また、災害を通じてすべてを失うかもしれません。(5:13-14)

たとえ賢くお金を使ったとしても、あなたが亡くなれば、そのお金を持って行くことはできません。他の人がそのお金を引き継ぎますが、それをどう使うかはあなたにはわかりません。もしかすると、その人たちはすぐにすべてを浪費してしまうかもしれません。

だからこそ、ソロモンは次のように書きました。

これも痛ましいことだ。出て来たときと全く同じようにして去って行く。風のために労苦して何の益があるだろうか。

しかも、人は一生、やみの中で食事をする。多くの苦痛、病気、そして怒り。(5:16-17)

つまり、金儲けがあなたの目的になってしまうと、人生は虚しくなります。生きている間に満足を得られないだけでなく、死後には全てを失うからです。

では、どうすれば幸せを見つけることができるのでしょうか。

ソロモンは次のように書きました。

働く者は、少し食べても多く食べても、ここちよく眠る。。。

見よ。私がよいと見たこと、好ましいことは、神がその人に許されるいのちの日数の間、日の下で骨折るすべての労苦のうちに、しあわせを見つけて、食べたり飲んだりすることだ。これが人の受ける分なのだ。

実に神はすべての人間に富と財産を与え、これを楽しむことを許し、自分の受ける分を受け、自分の労苦を喜ぶようにされた。これこそが神の賜物である。

こういう人は、自分の生涯のことをくよくよ思わない。神が彼の心の喜びで満たされるからだ。(5:12,18-20)

また、

目が見るところは、心があこがれることにまさる。これもまた、むなしく、風を追うようなものだ。(6:9)

つまり、物を追い求めるのをやめなさい。それらは、あなたに平和や喜びを与えることはありません。だからこそ、すでに与えられたものに満足する方が良いのです。

どうでしょうか。満足するために、あなたは常に物を追い求めていますか。それとも、神様がすでに与えてくださったものに満足していますか。

もし満足しているなら、私たちはぐっすり眠れるだけでなく、人生が楽しくなるでしょう。これを望まない人はいないのではないでしょうか。

では、どうすれば私たちは満足できるのでしょうか。パウロはその秘密を見つけました。

彼は次のように書きました。

私は、貧しさの中にいる道も知っており、豊かさの中にいる道も知っています。また、飽くことにも飢えることにも、富むことにも乏しいことにも、あらゆる境遇に対処する秘訣を心得ています。(ピリピ4:12)

その秘訣とは何でしょうか?

私は、私を強くしてくださる方によって、どんなことでもできるのです。(ピリピ4:13)

満足する秘訣は、物を手に入れることではありません。むしろ、イエス様に信頼するなら満足できます。また、イエス様をあなたの喜びとするなら満足できるのです。そして、すべてにおいてイエス様を求めるなら、真の満足を得ることができます。

金持ちであっても、貧乏であっても、たくさんの物を持っていても、ほとんど持っていなくても、独身であっても、結婚していても、幸せになることができます。どのような状況でも、あなたは喜びと平和を得ることができるのです。

そのようになれば、何を持っていても、持っていなくても、満たされた人生を送ることができます。

あなたは今、満足していますか?