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マタイの福音書のデボーション

羊飼いの招きに応える

すべて疲れた人、重荷を負っている人はわたしのもとに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。

わたしは心が柔和でへりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすれば、たましいに安らぎを得ます。

わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。 (マタイの福音書11:28~30)

それは、私たちへの良い羊飼いの招きです。

バプテスマのヨハネのように、私たちが霊的に疲れているとき。

神様が遠く感じられ、また、私たちの期待どおりになさらないゆえに失望するとき。

試練のゆえに、耐えられない重荷を抱えているとき。

ちょうどマタイの福音書を読む直前、私は詩篇143篇を思い巡らしていました。ダビデの言葉は、イエス様の招きに対するふさわしい応答だと思います。

あなたも、その良い羊飼いの招きに、同じように応えますように。

朝にあなたの恵みを聞かせてください。
私はあなたに信頼していますから。

行くべき道を知らせてください。
私のたましいはあなたを仰いでいますから。

【主】よ私を敵から救い出してください。
私はあなたのうちに身を隠します。

あなたのみこころを行うことを教えてください。
あなたは私の神であられますから。

あなたのいつくしみ深い霊が
平らな地に私を導いてくださいますように。(詩篇143:8~10)

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ガラテヤ人への手紙のデボーション

疲れた

互いの重荷を負い合いなさい。そうすれば、キリストの律法を成就することになります。。。

失望せずに善を行いましょう。あきらめずに続ければ、時が来て刈り取ることになります。

ですから、私たちは機会があるうちに、すべての人に、特に信仰の家族に善を行いましょう。(ガラテヤ人への手紙6:2、9ー10)

正直に言うと、上の言葉は私にとって、今ちょっと難しいです。なぜなら、問題解決の目処が立たないとき、相手の重荷を負うのはとても辛いのです。そして、今は、問題解決の目処が立ちそうにありません。

それでも、パウロは言います。「失望せずに善を行いましょう。あきらめずに続ければ、時が来て刈り取ることになります。」

でも、自分の力では、私はそのことばに従うことができません。私には、ぶどうの木にとどまることによって生まれる霊的な栄養と憩いが必要です。(ヨハネ15:4-5)

イエス様、私は今あなたを必要としているのです。あなたはブドウの木で、私は枝です。あなたを離れては、私は何もすることができないのです。

あなたは私に、「失望せずに、あきらめずに人の重荷を負いなさい」と言われました。

でも、私は疲れました。だから、私がどのようにあなたに一瞬一瞬とどまることができるかを教えてください。私を強めてください。私を満たしてください。

そして、あなたの臨在で、あなたの恵みと愛によって、私の魂をリフレッシュしてください。

あなたの御名によって祈ります。アーメン。