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列王記第二のデボーション

神様の忠実な愛を忘れる、再び

しかし、エホアハズが主に願ったので、主はこれを聞き入れられた。アラムの王の虐げによって、イスラエルが虐げられているのをご覧になったからである。

主がイスラエルに一人の救う者を与えられたので、彼らはアラムの支配を脱した。こうしてイスラエル人は以前のように、自分たちの天幕に住むようになった。

それにもかかわらず、彼らは、イスラエルに罪を犯させたヤロブアム家の罪から離れず、なおそれを行い続け、アシェラ像もサマリアに立ったままであった。(列王記第二13:4-6)

神様の恵みは本当に素晴らしいですね。

エホアハズとイスラエルの民は主に背を向けていたのに、エホアハズが神様の助けを求めると、神様は恵みによってイスラエルの民を助け、アラムから救ってくださいました。

しかし、彼らの生活が元に戻ると、神様のいつくしみに感謝することなく、自分の罪に戻ってしまいました。彼らは神様を捨て、自分の道に戻ったのです。

私たちもまた、自分の罪のゆえに苦しみ、神様に叫び求めるとき、神様は恵みによって私たちを助けてくださいます。

そして、私たちは神の忠実な愛といつくしみを忘れ、神様を脇に置いて、自分の道に戻ってしまうことがあるのです。

私たちの人生が順調なときこそ、神様を忘れないように。また、神様の忠実な愛といつくしみを当然のものと思わないようにしましょう。

パウロの言葉を心に留めておきましょう。

神のいつくしみ深さがあなたを悔い改めに導くことも知らないで、その豊かないつくしみと忍耐と寛容を軽んじているのですか。(ローマ書2:4)

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列王記第二のデボーション

神様の忠実な愛を忘れる

列王記と歴代誌の興味深い違いは、列王記の著者がしばしばユダの王の悪い行為について語らないことです。

例えば、列王記第一15章では、著者はアサ王の深刻な罪について触れていません。

そして、今日の箇所でも、著者はヨアシュ王の深刻な罪について語っていません。

しかし、アサの記述と同様に、著者はヨアシュの人生に否定的な側面があったことをほのめかしています。

著者はこう記しています。

ヨアシュは、祭司エホヤダが彼を教えた間、いつも主の目にかなうことを行った。(列王記第二12:2)

上の言葉を読んだとき、この問いが浮かぶかもしれません。「エホヤダが死んだ後、ヨアシュは何をしたのだろうか。」

残念ながら、エホヤダが死んだ後、ヨアシュは主に背を向け、偶像礼拝を始めました。そして、エホヤダの息子ゼカリヤがヨアシュを責め、悔い改めを促したとき、

ヨアシュ王は、ゼカリヤの父エホヤダが自分に尽くしてくれた誠意(別約:忠実な愛)を心に留めず、かえってその子を殺した。(歴代誌第二24:22)

でも、ヨアシュはエホヤダの忠実な愛だけでなく、神様の忠実な愛までも忘れてしまいました。

特に、ヨアシュの祖母は彼を殺そうとしましたが、神様はヨアシュを守ってくださいました。

だからこの話を読んだ後、私はこのように祈りました。

天のお父さん、ヨアシュのようにならず、私があなたの忠実な愛を決して忘れることのないようにしてください。あなたの愛を忘れるなら、私はたやすくあなたに背を向けてしまうからです。

天のお父さん、私はあなたから決して離れたくないのです。

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サムエル記第二のデボーション

神の忠実な愛

わたしは彼の父となり、彼はわたしの子となる。彼が不義を行ったときは、わたしは人の杖、人の子のむちをもって彼を懲らしめる。

しかしわたしの恵み(英訳、忠実な愛)は、わたしが、あなたの前から取り除いたサウルからそれを取り去ったように、彼から取り去られることはない(サムエル記第二7:14-15)

神様はソロモンに関して、ダビデにそのように約束されました。しかし、興味深いのは、パウロがその言葉を少し変えて、私たちに当てはめたということです。

わたしはあなたがたの父となり、 あなたがたはわたしの息子、娘となる。 ──全能の主は言われる。(第二コリント6:18)

パウロが私たちに語っているのは、「ソロモンに関する言葉は、あなたたちにも当てはめられます。なぜなら、神様はあなたたちを、ご自分の子どもと呼ばれるからです」ということです。

たとえ私たちがソロモンのように大きな失敗をし、神様が私たちを厳しく懲らしめなければならなくなったとしても、神様はご自分の忠実な愛を私たちから決して取り去ることはありません。

この大切な真理を心に留めておきましょう。

「私たちの神との関係は、私たちの忠実さではなく、私たちへの神様の忠実な愛に基づいています。」(第二テモテ2:13)

天のお父さん、あなたが私を、ご自分の子どもと呼んでくださることに感謝します。私への、あなたの忠実な愛を与えてくださることに感謝します。

私は何者でしょうか。あなたが私をここまで導いてくださったとは。

私は何度も失敗し、あなたに忠実ではありませんでした。

あなたは大いなる方です。あなたのような方はほかになく、あなたのほかに神はいません。

あなたの言葉と、私への約束はまことです。

だからこそ、この祈りをあなたにささげる勇気を得ました。

天のお父さん、あなたを愛しています。私へのあなたの忠実な愛に確信を持っています。

だから今、あなたに近づき、その愛のうちに安心しています。

イエス様の御名によって祈ります。アーメン。