ですから、兄弟たち、私は神のあわれみによって、あなたがたに勧めます。あなたがたのからだを、神に喜ばれる、聖なる生きたささげ物として献げなさい。それこそ、あなたがたにふさわしい礼拝です。(ローマ人への手紙12:1)
この箇所を読むとき、私はたいてい自分自身を生きたささげ物として神様に献げることを考えます。
しかし今日、私の心に浮かんだのは、イエス様ご自身がこの世を歩まれたとき、まさにそのような生活を送られたということでした。
ただ十字架で献げられたのではなく、公の働きを始められる前から、イエス様は毎日毎日、一瞬一瞬、ご自身を天の父に喜ばれる聖なる生きたささげ物として献げておられたのです。
イエス様の愛には、決して偽りがありませんでした。
イエス様は悪を憎み、善から離れずに歩まれました。
イエス様は人々を心の奥底から愛しておられました。
イエス様は勤勉で怠らず、霊に燃え、天の父に仕えておられました。
イエス様は望みを抱いて喜び、苦難に耐え、ひたすら祈っておられました。
イエス様はご自身を十字架につけた人々を呪うのではなく、むしろ祝福してくださいました。
そして、その死によって、イエス様は善をもって悪に打ち勝たれました。
イエス様、十字架へとあなたを送った素晴らしい愛を感謝します。私に対するあなたの朝ごとに新しいあわれみを感謝します。
だからこそ、主よ、毎日毎日、一瞬一瞬、あなたがされたように私自身が天の父に喜ばれる聖なる生きたささげ物となるようにしてください。

