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サムエル記第一のデボーション

弱虫ではなく、勇士

しかし、ダビデは自分の神、【主】によって奮い立った。(サムエル記第一30:6)

ダビデの行動を考えるとき、私はパウロの言葉を思い起こしました。

終わりに言います。主にあって、その大能の力によって強められなさい。(エペソ人への手紙6:10)

苦しむとき、私は弱虫ではなく、勇士でありたいです。

私は「かわいそうパーティー」を開きたくありません。

また、苦々しい思いやフラストレーションや怒りに支配されたくありません。

正直に言うと、時には私はそのように反応してしまいます。

私はそれをもうしたくないのです。

ダビデのように、私は神の大能の力によって強められ、神の武具を身に付け、敵であるサタンに立ち向かおうとします。

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エペソ人への手紙のデボーション

すべての武具を身に着けて

悪魔の策略に対して堅く立つことができるように、神のすべての武具を身に着けなさい。。。

ですから、邪悪な日に際して対抗できるように、また、一切を成し遂げて堅く立つことができるように、神のすべての武具を取りなさい。(エペソ人への手紙6:11~13)

「すべての武具。」

今朝、神様はその言葉を私の心に刻まれました。

すべての武具を身に着けなさい。すべての武具を取りなさい。一部の武具ではなく、すべての武具なのです。

サタンは私たちに攻撃するため、一つの策略ではなく、さまざまな策略を使います。だから、毎日、すべての武具を身に着けなければ、私たちは攻撃に対して脆弱になります。

パウロの言葉を言い換えると、すべての武具を身に着けなければ、あなたは悪魔の策略に対して堅く立つことができません。

神様のすべての武具を取らなければ、あなたは抵抗することも、堅く立つこともできません。

だから、真理の帯を締めましょう。つまり、神様の言葉をあなたの思考の土台にしましょう。また、あなたの言葉が真理によって特徴づけられるようにしましょう。

そして、仮面を捨てましょう。つまり、教会では一人の人間、教会の外ではもう一人の人間という二面性を持たないことです。

胸には正義の胸当てを着けましょう。正義をもって、周りの人々に接しましょう。また、あなたの失敗のためにサタンがあなたを責めるときは、イエス様を信じる信仰によるキリストの義を着けましょう。

恵みの福音の備えをも履きましょう。そうすれば、自責の念や律法主義、そして意図的な罪に陥ることはありません。

信仰の盾をも取りましょう。でも、一人で立ってはいけません。ほかのクリスチャンたちと共に立ちましょう。クリスチャンの交わりを優先しましょう。

そうすれば、あなたの盾は強い亀の甲羅の一部となります。その甲羅は、あなただけでなく、周りのクリスチャンたちをサタンの攻撃から守ります。

救いのかぶとを受け取りましょう。感謝をもって、受け取りましょう。なぜなら、あなたは神様の恵みによって救いを得たからです。

そして、サタンが嘘であなたを攻撃するときは、神様のことばという剣を振るいましょう。

あなたはどうですか。神様の武具のすべてを身に着けているでしょうか。もしかしたら、その武具の一部は床に残されたままになっているのではないでしょうか。

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イザヤ書のデボーション

暗い世界にあっての希望

イザヤのことばを読んだとき、「この世界はあまり変わらないなぁ」と思いました。

今週のニュースを見たとき、私は、暴力や銃殺事件、そしてさまざまな不義を目にしました。

この世では、真理が広場でつまずき、人々は神の真理を拒み、自分の真理を作ろうとしています。

でも、それらは新しい問題ではありません。数千年前、イザヤもそのような問題について語っていました。だから、イザヤの感情がよく理解できます。

私たちは光を待ち望んでいたが、見よ、闇。 輝きを待ち望んでいたが、歩くのは暗闇の中。(イザヤ書59:9)

でも、15ー16節にあるイザヤのことばが大好きです。

主はこれを見て、 公正がないことに心を痛められた。主は人がいないのを見て、 とりなす者がいないことに啞然とされた。

それで、ご自分の御腕で救いをもたらし、 ご自分の義を支えとされた。(15ー16節)

もちろん、イザヤはイエス様について語っています。

私たちの罪は、私たちと神様との仕切りとなりましたが、十字架でイエス様は私たちの罪の代価を支払い、救いをもたらしてくださいました。

しかし、それだけではなく、ある日、イエス様はこの世に戻られ、正義をもたらし、この世を癒してくださいます。(17ー20節)

それが、私たちの希望です。だから、この暗い世界に直面するとき、神のすべての武具を取りましょう。

私たちの思いと心を、失望やサタンの他の攻撃から守るために、救いのかぶとをかぶり、正義の胸当てを着けましょう。

また、平和の福音の備えをはき、希望のない人々に、私たちの救いの希望を伝えましょう。

イザヤのことばを借りれば、

良い知らせを伝える人の足は、山々の上にあって、なんと美しいことか。

平和を告げ知らせ、幸いな良い知らせを伝え、救いを告げ知らせ、「あなたの神は王であられる」と シオンに言う人の足は。(イザヤ52:7)

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エレミヤ書

疲れている

神様に従うことは簡単なことではありません。特に、預言者にとって、神様に従うことは時として本当に辛いものです。

エレミヤはそのことを学びました。彼は自分の出身地であるアナトテの人々が彼を殺そうとしていることを知りました。

神様はエレミヤを励まし、その人々に対する裁きについて教えられましたが、エレミヤは文句を言っていました。

主よ。私があなたと論じても、あなたのほうが正しいのです。それでも、さばきについて、一つのことを私はあなたにお聞きしたいのです。

なぜ、悪者の道は栄え、裏切りを働く者が、みな安らかなのですか。あなたは彼らを植え、彼らは根を張り、伸びて、実を結びました。

あなたは、彼らの口には近いのですが、彼らの思いからは遠く離れておられます。

主よ。あなたは私を知り、私を見ておられ、あなたへの私の心をためされます。」(エレミヤ書12:1ー3)

つまり、エレミヤはこう言ったのかもしれません。

「どうして、この悪人たちは栄えているのでしょうか。私を見てください。私が一生懸命にあなたに従っているのに、私の報いはどこにあるのでしょうか。皆が私を憎み、私を殺そうとしています。」

神様はその言葉を聞いて、エレミヤを慰められたでしょうか。

「大丈夫だ。心配しなくてもよい。」と言われたでしょうか。

違います。むしろ、神様はエレミヤを責められました。

あなたは徒歩の人たちと走っても疲れるのに、どうして騎馬の人と競走できよう。

あなたは平穏な地で安心して過ごしているのに、どうしてヨルダンの密林で過ごせよう。(エレミヤ書12:5)

つまり、「もう疲れてしまったのですか。これはまだ始まりにすぎません。あなたの状況はこれからもっと辛くなるでしょう。もしあなたがすでに疲れ果てているのなら、本当のプレッシャーが来た時、あなたはどうするのでしょうか。」

神様は私たちに簡単な人生を約束していません。神様はエレミヤにこう言われました。

「あなたの家族さえも信頼してはいけません。彼らは優しい言葉を口にしても、あなたを裏切るからです。」(エレミヤ書12:6)

では、私はすべての人々を恐れるべきでしょうか。それは違います。

とはいえ、キリストのために迫害されても驚かないでください。なぜなら、イエス様はこう言われたからです。

しもべはその主人にまさるものではない、とわたしがあなたがたに言ったことばを覚えておきなさい。

もし人々がわたしを迫害したなら、あなたがたをも迫害します。(ヨハネ15:20)

エレミヤはその敵によって疲れていました。そこで、神様はこう言われました。

「私の国へようこそ。もしあなたが私に従いたいのなら、あなたの人生はさらに大変になるでしょう。だから、もしあなたが私の国で栄えたいのであれば、もっと強くなるべきです。」

どうやって私たちは強くなるのでしょうか。それは、自分が何に直面するのかを知り、準備をすることです。

私たちには敵がいます。しかし、その敵は人間ではありません。パウロはこのように言いました。

私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊に対するものです。(エペソ6:12)

その霊的な戦いのために、どのように準備すればよいのでしょうか。パウロは私たちにその方法を教えます。

主にあって、その大能の力によって強められなさい。悪魔の策略に対して立ち向かうことができるために、神のすべての武具を身に着けなさい。(エペソ6:10ー11)

つまり、自分の力に頼ってはいけません。自分の力に頼ると、エレミヤのように疲れてしまいます。

だからこそ、神様に頼りましょう。毎日、神様と時間を過ごし、天の父から力をいただきましょう。

イエス様がこの世におられた時も、毎日そうされました。実は、私自身も、もっとそうすべきだと感じています。

そして戦いにいくとき、神様の武具を身に着けましょう。

足には平和の福音の備えをはきなさい。

これらすべてのものの上に、信仰の大盾を取りなさい。それによって、悪い者が放つ火矢を、みな消すことができます。

救いのかぶとをかぶり、また御霊の与える剣である、神のことばを受け取りなさい。(エペソ6:15ー17)

多くのクリスチャンたちは、自分の力だけに頼りながら、この世を裸のままで歩き回っています。しかし、彼らは霊的な戦いをよく理解しておらず、自分の敵が誰であるかを知りません。

そのため、彼らはサタンにとって簡単な標的となり、容易に被害者になってしまうのです。

あなたはどうでしょうか。あなたの神様との関係は強いでしょうか。毎日、神様の武具を身に着けていますか。

それを怠ると、あなたは攻撃を受けてしまい、すぐに疲れ果ててしまいます。

だからこそ、パウロが言ったように、

邪悪な日に際して対抗できるように、また、いっさいを成し遂げて、堅く立つことができるように、神のすべての武具をとりなさい。(エペソ6:12)