神は死んだ者の神ではなく、生きている者の神です。神にとっては、すべての者が生きているのです。(ルカの福音書20:38)
イエス様のことばは私の心に深く響きました。そのことばを読んだとき、パウロの言葉が思い起こされました。
私たちの中でだれ一人、自分のために生きている人はなく、自分のために死ぬ人もいないからです。
私たちは、生きるとすれば主のために生き、死ぬとすれば主のために死にます。ですから、生きるにしても、死ぬにしても、私たちは主のものです。(ローマ人への手紙14:7~8)
アブラハム、イサク、ヤコブは、天国で単に主の前で自分勝手に生活しているのではありません。今もなお、彼らは主に仕えているのです。
イエス様の例え話に登場する農夫たちとは違い、彼らは神が受けるべき実を帰しています。彼らは神様の『肖像』を帯びており、「主のもの」という言葉も彼らの心に刻まれています。
私も彼らのようになりたいと願っています。天国や来る御国だけでそのように生きるのではなく、今、この世でこそそのように神様に仕えたいのです。
主よ、毎日毎日、一瞬一瞬、私の人生があなたのものでありますように。
