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詩篇

罪の結果

詩篇79篇と80篇は関係があるので、一緒にまとめます。多分、バビロンがエルサレムを滅ぼした後に、これらの詩篇が書かれたので、少し哀歌に似ています。

79篇はこう始まります。

神よ。国々は、ご自身のものである地に侵入し、あなたの聖なる宮をけがし、エルサレムを廃墟としました。

彼らは、あなたのしもべたちのしかばねを空の鳥のえじきとし、あなたの聖徒たちの肉を野の獣に与え、

聖徒たちの血を、エルサレムの回りに、水のように注ぎ出しました。彼らを葬る者もいません。(詩篇79:1-3)

そして、詩人は5節でこう叫びます。

主よ。いつまででしょうか。あなたは、いつまでもお怒りなのでしょうか。いつまで、あなたのねたみは火のように燃えるのでしょうか。(79:5)

80篇でも、同じような叫びがあります。

万軍の神、主よ。いつまで、あなたの民の祈りに怒りを燃やしておられるのでしょう。

あなたは彼らに涙のパンを食べさせ、あふれる涙を飲ませられました。(80:4-5)

ふたつの詩篇で、詩人はイスラエル人に対する神様のあわれみを願います。

先祖たちの咎を、私たちのものとして、思い出さないでください。あなたのあわれみが、すみやかに、私たちを迎えますように。私たちは、ひどくおとしめられていますから。

私たちの救いの神よ。御名の栄光のために、私たちを助けてください。御名のために、私たちを救い出し、私たちの罪をお赦しください。(79:8-9)

また、

万軍の神、主よ。私たちをもとに返し、御顔を照り輝かせてください。そうすれば、私たちは救われます。(80:19)

ふたつの詩篇で、詩人はイスラエル人のために誓います。

そうすれば、あなたの民、あなたの牧場の羊である私たちは、とこしえまでも、あなたに感謝し、代々限りなくあなたの誉れを語り告げましょう。(79:13)

80篇で、詩人は祈ります。

あなたの右の手の人の上に、御手が、ご自分のため強くされた人の子の上に、御手がありますように。

そうすれば、私たちはあなたを裏切りません。私たちを生かしてください。私たちは御名を呼び求めます。(80:17-18)

けれども、イスラエル人が神様に忠実に仕えていたら、どれほど彼らの人生がより良くなっていたでしょうか。どうして彼らは苦しむまで待ったのでしょうか。

もちろん神様はあわれみ深い神様です。私たちが悔い改めると、神様は赦してくださいます。それでも、多くの場合、この世で私たちはその罪の結果を受けてしまいます。

だから、苦しいことが起こるまで待たないでください。むしろ、今神様に向かい、求めましょう。そうすれば、罪から生み出される痛みや苦しみを避けることができます。

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列王記第二 歴代誌第二

たった一つの悪い選択

選択。それは神様からの贈り物です。けれども、選択することは責任を伴います。私たちは日々、数多くの選択を迫られています。

深刻ではない選択もあります。たとえば、朝食に何を食べるか、通勤にバスと電車のどちらを使うべきかといった選択です。

しかし、もっと重要な選択もあります。それは、今日神様に従うか従わないか、また、この瞬間に神様に従うかどうかという選択です。

ヨシヤ王は、基本的に神様に従う生涯を送りました。

王として、さまざまな賢明な決断を下し、ユダを導きました。

他のユダやイスラエルの王たちと比較すると、ヨシヤは本当に優れた王でした。

ところが、ある日、神様の声を無視したことで彼は命を落としました。

エジプトの王が他国と戦おうとしていたとき、ヨシヤは彼を止めようとして出向きました。その際、エジプトの王はヨシヤにこう語りました。

ユダの王よ。私とあなたと何の関係があるのですか。

きょうは、あなたを攻めに来たのではありません。私の戦う家へ行くところなのです。

神は、早く行けと命じておられます。

私とともにおられる神に逆らわずに、控えていなさい。さもなければ、神があなたを滅ぼされます。(歴代誌第二35:21)

神様の命令によって、エジプトの王はそう語りました。(歴代誌第二35:22)

けれども、ヨシヤは神様の声に従いませんでした。

どうしてだったのでしょうか。ヨシヤのプライドが原因だったのでしょうか。

たとえば、彼自身の軍隊についてのプライドや、自分の作戦に対するプライドがあったのかもしれません。(彼はその戦いのために変装していました。)

あるいは、ヨシヤはプライドから神様が外国の王に語りかけるはずがないと思っていたのかもしれません。

ヨシヤの考えを正確に知ることはできませんが、確かなのは、彼がその日に命を落としたということです。そして、ユダの没落は間もなく始まりました。

時には、正しいと分かっていても、あえて悪い選択をしてしまうことがあります。

ときに、自分の行動を正当化しようとすることもあります。あるいは、言い訳さえせずに悪を行ってしまうこともあるのです。

ヨシヤの人生から、この大切な真実を心に刻みましょう。

「たった一つの悪い選択が、私たちの人生を壊してしまう可能性がある。」

たとえば、一つの悪い選択によって、不倫をしてしまい、結婚生活を崩壊させることがあります。

一つの罪によって、自分のミニストリーを破壊してしまうこともあります。

もちろん、罪を犯したとしても、悔い改めるならば神様は赦してくださいます。

神様はヨシヤを赦されました。

ヨシヤは天国に入りました。

それでも、彼の治世と命はそこで終わってしまったのです。

だからこそ、毎日毎日、一瞬一瞬、神様に従うことを選びましょう。

さらに、主の祈りを心に留め、祈り続けましょう。

私たちを試みに会わせないで、悪からお救いください。(マタイ6:13)

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エレミヤ書

神様が聞かない時

「ユダの人、エルサレムの住民の間に、謀反がある。

彼らは、わたしのことばを聞こうとしなかった彼らの先祖たちの咎をくり返し、彼ら自身も、ほかの神々に従って、これに仕えた。

イスラエルの家とユダの家は、わたしが彼らの先祖たちと結んだわたしの契約を破った。」(エレミヤ書11:9ー10)

現代でも、多くの人々は同じことをします。彼らは罪を捨てたにもかかわらず、その罪に戻ります。

ユダ人たちはこう思ったかもしれません。「罪を犯しても、大丈夫。もし、いけにえを捧げれば、神様はきっと私たちを赦してくださる。」

しかし、彼らはいけにえが意図的な罪のためではないことを忘れていました。

時々、私たちは意図せず罪を犯します。例えば、私たちは突然怒りに駆られて、悪いことをしてしまいます。

いけにえは、そのような罪のためのものでした。(そのいけにえについてもっと知りたいなら、これをご覧ください。)

ユダ人たちは、自分の罪を十分に理解していたにもかかわらず、その罪を犯し続けました。

だからこそ、神様はこのように言われました。

それゆえ、主はこう仰せられる。「見よ。わたしは彼らにわざわいを下す。彼らはそれからのがれることはできない。彼らはわたしに叫ぶだろうが、わたしは彼らに聞かない。(11)

また、

あなたは、この民のために祈ってはならない。彼らのために叫んだり祈りをささげたりしてはならない。彼らがわざわいに会ってわたしを呼ぶときにも、わたしは聞かないからだ。(14)

もちろん、私たちは恵みの時代に生きています。もし私たちが心から悔い改めたならば、神様は私たちを赦してくださいます。

とはいえ、悔い改めたとしても、罪の結果を避けることができるわけではありません。

例えば、もしあなたが不倫をした場合、神様に祈り、妻に頼んでも、妻があなたと離婚するかもしれません。

また、ギャンブルでお金を失った場合、神様に祈っても、あなたが自己破産するかもしれません。

だから、「神様が私を赦してくださるので、罪を犯しても良い」と言って、自分自身を欺いてはいけません。

むしろ、パウロが言ったように、

それで、あなたは、若い時の情欲を避け、きよい心で主を呼び求める人たちとともに、義と信仰と愛と平和を追い求めなさい。(第二テモテ2:22)

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エレミヤ書

私たちの行動によって

「どうして私は苦しんでいるのだろうか。」

悪いことが起こると、多くの人々はそのように問いかけます。

時には、その原因は、この罪によって堕落した世界にあります。しかし、時には、私たち自身の行動が悪いことを引き起こすこともあります。

ユダ人にとっては、自分たちの罪が悪い結果を招きました。

この箇所では、神様は将来の裁きについて警告されました。結局、その裁きは、バビロンの王ネブカドネザルを通して実現しました。

ネブカドネザルとその軍隊がユダを攻め、ユダの町々は滅びました。(エレミヤ書4:6ー7)

なぜでしょうか。それは、彼らが神様の御言葉を無視したからです。ユダの王、祭司たち、預言者たち、そしてユダのすべての民がそのように行動しました。

神様は彼らについてこう言われました。

彼ら(バビロン人たち)は畑の番人のように、ユダを取り囲む。それは、ユダがわたしに逆らったからだ。――主の御告げ――

あなたの行ないと、あなたのわざが、あなたの身にこれを招いたのだ。これがあなたへのわざわいで、実に苦い。もう、あなたの心臓にまで達している。(エレミヤ書4:17ー18)

また、

実に、わたしの民は愚か者で、わたしを知らない。彼らは、ばかな子らで、彼らは悟りがない。

彼らは悪事を働くのに賢くて、善を行なうことを知らない。(22)

災害が訪れても、彼らは悔い改めることはありませんでした。むしろ、彼らは偽物の神々を礼拝し続けました。

だから、エレミヤは彼らに訊いた。踏みにじられた女よ。あなたが緋の衣をまとい、金の飾りで身を飾りたてても、それが何の役に立とう。

目を塗って大きく見せても、美しく見せても、かいがない。恋人たちは、あなたをうとみ、あなたのいのちを取ろうとしている。(30)

何世紀が経っても、人間はあまり変わりません。

彼らは神様に対して心を堅くし、その罪の結果を受けます。それでも、彼らは悔い改めることなく、罪を犯し続けます。だからこそ、結局彼らは滅びてしまうのです。

あなたはどうでしょうか。あなたの罪によって、自分の結婚、人間関係、キャリアを滅ぼしているでしょうか。

その罪の結果を目の当たりにしても、あなたは態度や行動を変えないままでいるのでしょうか。それとも、あなたは悔い改めることを選ぶのでしょうか。