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ルカの福音書のデボーション

良い主?

「主よ。今こそあなたは、おことばどおり、
しもべを安らかに去らせてくださいます。
私の目があなたの御救いを見たからです。
あなたが万民の前に備えられた救いを。
異邦人を照らす啓示の光、
御民イスラエルの栄光を。」(ルカの福音書2:29-32)

今日、「主」という言葉について思い巡らしていました。

その原語は、現代英語の “despot”──つまり『独裁』の語源となった語です。

けれども、当時はまったく悪い意味合いを持っていませんでした。

とはいえ、その語には『人を治める力と権利を持つ者』という含みもありました。

しかし、シメオンにとってそれは恐ろしいことではありませんでした。神様は良い主であり、ユダヤ人だけでなく、すべての人々のために救いを備えてくださったからです。

羊飼いたちも同じ態度を取っていました。キリスト──新しい王が生まれたと聞くと、すぐにイエス様を見に行きました。そしてその後、彼らは喜びに満ち、周りの人々に自分たちが見たことを知らせました。

一方で、ユダヤ人たちは皇帝アウグストゥスを良い主とは見なしていませんでした。その統治を喜ぶ者は誰もいませんでした。特に、税金のために住民登録を命じられたとき、誰も喜ばなかったのです。

では、私たちはどのように主を見なすでしょうか。

イエス様が名ばかりの王ではなく、本当の王であることを考えると、私たちは不安を覚えるでしょうか。

イエス様が私たちを支配する力と権利を持っておられることに、いとう気持ちを抱くでしょうか。

もしイエス様が本当に良い主、良い王であることを信じなければ、私たちは喜びをもって従うことは決してないでしょう。

むしろ、それは重荷となり、私たちは避けようとするでしょう。また、自分の人生に対するイエス様の支配を恐れるようになるでしょう。

あなたはどのように自分の主を見なすでしょうか。