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コリント人への手紙第二のデボーション

弱虫ではない

キリストはあなたがたに対して弱い方ではなく、あなたがたの間にあって力ある方です。

キリストは弱さのゆえに十字架につけられましたが、神の力によって生きておられます。私たちもキリストにあって弱い者ですが、あなたがたに対しては、神の力によってキリストとともに生きるのです。(コリント人への手紙第二13:3~4)

このことばは、わたしの心に深く響きました。

私たちの主は弱虫ではありません。

主は柔和でへりくだっておられるでしょうか。

もちろん、そうです。

しかし、弱虫でしょうか。

絶対にそうではありません。

イエス様は弱さのゆえに十字架につけられました。しかし、その弱さのただ中でも、イエス様は弱虫ではなく、勇気をもって十字架へ向かうことを決心されました。

そして今、「弱い」ということばをイエス様に当てはめることはできません。なぜなら、イエス様は私たちの間にあって力ある方だからです。イエス様は私たちの主であり、裁判官であり、すべてを治めておられます。

それにもかかわらず、驚くべきことに、イエス様はその力と権威を、使節としての私たちに委ねてくださいます。

さらに、神の子どもであり、共同相続人である私たちに、力と権威を与えてくださいます。

私たちは弱虫ではありません。

私たちは柔和でへりくだっているでしょうか。

もちろん、そうです。

しかし、弱虫ではありません。

だからこそ、弱虫のように生きてはなりません。むしろ、主から委ねられた力と権威によって、堅く立ちましょう。

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サムエル記第一のデボーション

弱虫ではなく、勇士

しかし、ダビデは自分の神、【主】によって奮い立った。(サムエル記第一30:6)

ダビデの行動を考えるとき、私はパウロの言葉を思い起こしました。

終わりに言います。主にあって、その大能の力によって強められなさい。(エペソ人への手紙6:10)

苦しむとき、私は弱虫ではなく、勇士でありたいです。

私は「かわいそうパーティー」を開きたくありません。

また、苦々しい思いやフラストレーションや怒りに支配されたくありません。

正直に言うと、時には私はそのように反応してしまいます。

私はそれをもうしたくないのです。

ダビデのように、私は神の大能の力によって強められ、神の武具を身に付け、敵であるサタンに立ち向かおうとします。