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コリント人への手紙第一のデボーション

人の心に安らぎをもたらす

兄弟たちよ、あなたがたに勧めます。ご存じのとおり、ステファナの一家はアカイアの初穂であり、聖徒たちのために熱心に奉仕してくれました……

ステファナとポルトナトとアカイコが来たので、私は喜んでいます。あなたがたがいない分を、彼らが埋めてくれたからです。彼らは、私の心とあなたがたの心を安らがせてくれました。このような人たちを尊びなさい。(コリント人への手紙第一16:15,17~18)

「私の心とあなたがたの心を安らがせてくれました。」

多くの英訳では、この言葉は「私の心とあなたがたの心を潤してくれました」と訳されています。

その意味で、ステファナたちは、イエス様の心を持っていたと言えるでしょう。

すべて疲れた人、重荷を負っている人はわたしのもとに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。

わたしは心が柔和でへりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすれば、たましいに安らぎを得ます。

わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。(マタイの福音書11:28~30)

ステファナたちは熱心に主に仕えました。

しかし、不思議なことに、時として周囲の人々はそのような人に出会うと、かえって疲れを覚えたり、罪悪感を抱いたりすることがあります。自分にはそこまでの「熱心さ」がないと感じてしまうからです。

パリサイ人たちは、まさにそのような影響を周囲に与えていました。

けれども、人々がステファナたちと別れるとき、その心は潤され、安らぎを得ました。

私は、そのような人になりたいと願っています。

神様への熱心さを人々に見せつけたいのではありません。むしろ、ステファナたちやイエス様に触れられた人たちと同じように、私と過ごした人々も、心が霊的に潤され、安らぎを得てほしいと願っています。