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ルカの福音書のデボーション

自分の価値を認めてもらおうとして?

ルカの福音書10章

主は答えられた。「マルタ、マルタ、あなたはいろいろなことを思い煩って、心を乱しています。

しかし、必要なことは一つだけです。マリアはその良いほうを選びました。それが彼女から取り上げられることはありません。」 (ルカの福音書10:41~42)

イエス様のことばを読んだとき、私はどうしてマルタがそれほど思い煩い、心を乱しているのか疑問に思いました。

そして、次の考えが思い浮かびました。「もしかしたら、マルタはイエス様が自分をすでに受け入れておられることを、まだ分かっていなかったのではないでしょうか。彼女は、自分の価値をイエス様に認めてもらおうと必死になっていたのではないでしょうか。」

イエス様が私たちをすでに受け入れておられることを分からないままイエス様に仕えるとき、私たちはどれほどいろいろなことを思い煩い、心を乱してしまうでしょうか。

イエス様はもちろんご自身への私たちの忠実な奉仕を大切にされていますが、私たち自身をそれ以上に大切にしておられることを、どれほど忘れてしまうでしょうか。

マリアのように、イエス様が私たちをすでに受け入れておられるという確信を持ち、イエス様のもとで心を落ち着かせることができるでしょうか。

それとも、私たちは自分の価値をイエス様に認めてもらおうとして、心に重荷を抱えているのでしょうか。

すべて疲れた人、重荷を負っている人はわたしのもとに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。

わたしは心が柔和でへりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすれば、たましいに安らぎを得ます。わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。 (マタイの福音書11:28~30)

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