この人たちは、婦人たちやイエスの母マリヤ、およびイエスの兄弟たちとともに、みな心を合わせ、祈りに専念していた。(使徒の働き1:14、新改訳第三版)
今朝、そのことばを思いめぐらしていました。弟子たちは祈って終わりにしていたのではなく、祈りに専念していました。
では、彼らは何のために祈っていたのでしょうか。もちろん、自分の必要や個人的な霊的成長のために祈っていたかもしれません。
しかし、おそらくそれ以上に、二つのことを特に祈っていたのだと思います。
「あなたの御国が来ますように。」
「御霊を遣わしてください。あなたの御国をもたらすために、あなたの力で満たしてください。」
彼らは、自分たちが何のために祈っているのか、また神様がその祈りにどのように答えてくださるのか、具体的には分かっていなかったでしょう。
御国がローマ帝国をどのように変え、どのように広がっていくのかも、明確に分からなかったでしょう。
また、御霊とその力で満たされるとはどういうことなのかも、はっきりとは理解していなかったでしょう。
それでも、彼らはその祈りに専念しました。
そして神様は、彼らが思い描いていたすべてをはるかに超えて答えてくださいました。
私も彼らと同じように祈りたいと願っています。
主よ、あなたの御国が来ますように。
あなたの御霊で私を満たしてください。私が周囲の人々に御国の働きをするために、あなたの力で満たしてください。
