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コリント人への手紙第二のデボーション

神様に愛されている者

コリント人への手紙第二6:14~7:1

愛する者たち。このような約束を与えられているのですから、肉と霊の一切の汚れから自分をきよめ、神を恐れつつ聖さを全うしようではありませんか。(コリント人への手紙第二7:1)

愛する者たち。

そのことばは、私の心に深く響きました。

パウロは手紙を書くとき、たびたび読み手を「愛する者たち」と呼びました。

しかし、パウロは単に「私はあなたを愛している」と伝えたかったのではなく、むしろ読み手にその身分を思い起こさせようとしていたのではないでしょうか。つまり、「あなたがたは神様に愛されている者たちです。」

そして、そのことばの直前で、パウロは彼らにこう語っていました。

私たちは生ける神の宮なのです。神がこう言われるとおりです。

「わたしは彼らの間に住み、また歩む。
わたしは彼らの神となり、
彼らはわたしの民となる。

それゆえ、彼らの中から出て行き、
彼らから離れよ。
──主は言われる──

汚れたものに触れてはならない。
そうすればわたしは、あなたがたを受け入れ、

わたしはあなたがたの父となり、
あなたがたはわたしの息子、娘となる。
──全能の主は言われる。」(コリント人への手紙第二6:16~18)

そのことばは、神様との特別な関係や、私たちへの神の愛を映し出しています。そして、そのことばを語ったあと、パウロはこう語ります。

愛する者たち。このような約束を与えられているのですから、肉と霊の一切の汚れから自分をきよめ、神を恐れつつ聖さを全うしようではありませんか。(コリント人への手紙第二7:1)

なぜ、私たちはこの世から離れるべきなのでしょうか。

なぜ、私たちは罪を避け、聖なる者となるべきなのでしょうか。

それは、私たちが神様に愛されている息子たちと娘たちだからです。

聖なる者となるべき理由、そして私たちが何をするにも、その理由を忘れないようにしましょう。

それは、私たちが神様に愛されているからです。

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