キリストの柔和さと優しさをもってあなたがたにお願いします。(コリント人への手紙第二10:1)
「キリストの柔和さと優しさ。」
今朝、このことばに思いを巡らしていました。
そのことばを読んで、イエス様のことばを思い起こしました。
わたしは心が柔和でへりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすれば、たましいに安らぎを得ます。(マタイの福音書11:29)
イエス様は柔和さや優しさによって特徴づけられていたので、そこから外れたとき、周囲の人々は驚きました。
残念なことに、同じことが言えないクリスチャンもいます。彼らについて話すとき、「柔和さ」や「優しさ」という言葉がすぐに思い浮かぶことはあまりありません。
彼らのSNSの投稿を見るとき、特にそう感じます。
もし私たちの主な霊的な武器が愛なら、人々の人生にある要塞をどれほど多く打ち倒すことができるでしょうか。
もし真理だけでなく、私たちが柔和さや優しさによっても特徴づけられているのなら、どれほど多くの要塞を打ち倒すことができるでしょうか。
主よ、あなたは柔和さや優しさによって私を扱ってくださいました。同じように、私も周囲の人々を扱うことができるように助けてください。
