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マタイの福音書のデボーション

十字架のゆえ

マタイの福音書3章

マタイによれば、イエス様が洗礼を受けられたとき、

天が開け、神の御霊が鳩のようにご自分の上に降って来られるのをご覧になった。そして、見よ、天から声があり、こう告げた。「これはわたしの愛する子。わたしはこれを喜ぶ。」(マタイの福音書3:16-17)

3年後、イエス様は別の洗礼を受けられました。それは十字架でした。(ルカの福音書12:50;マルコの福音書10:38)

その時は、最初の洗礼のときとは違い、天はイエス様に閉ざされ、天の父は御怒りをイエス様に注がれました。それはイエス様の罪のためではなく、私たちの罪のためでした。

しかし、イエス様は三日目によみがえられ、もう一度、力ある神の子、王の王、主の主として公に示されました。(ローマ人への手紙1:4)

その結果は何だったでしょうか。

天は私たちに開かれました。

つまり、御霊は鳩のように私たちの上に降って来られます。そして、天の父は私たちにこう言われます。「これは私の愛する子どもです。私はこれを喜ぶ。」

では、私たちはどのように反応するべきでしょうか。

私たちはもはや、怒っておられる神様から罰を受けることを恐れる必要はありません。

むしろ、私たちを深く愛してくださる天のお父さんに近づくことができます。

では、近づきましょう。

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