その群衆を見て、イエスは山に登られた。そして腰を下ろされると、みもとに弟子たちが来た。(マタイの福音書5:1)
弟子とはどういう意味でしょうか。
この箇所を読んだとき、こんなことを思いました。弟子となるとは、イエス様に教えていただくために、進んでそのみもとに来ることです。
また、イエス様に教えていただく必要があることを認め、謙遜な心を持つことです。義に飢え渇き、主のようになりたいと願う心を持つのです。
そのような心を持たないなら、私たちは塩気を失い、光を失ってしまいます。
だから今日、このように祈っています。
主よ、あなたのみもとに来ます。私をあなたのようにしてください。
