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コリント人への手紙第二のデボーション

私の弱さを喜べているでしょうか

しかし主は、「わたしの恵みはあなたに十分である。わたしの力は弱さのうちに完全に現れるからである」と言われました。

ですから私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。

ですから私は、キリストのゆえに、弱さ、侮辱、苦悩、迫害、困難を喜んでいます。というのは、私が弱いときにこそ、私は強いからです。 (コリント人への手紙第二12:9~10)

主よ、私はあなたの恵みが本当に私に十分であることを信じているでしょうか。あなたの力が私の弱さのうちにこそ完全に現れることを信じているでしょうか。私の弱さを喜べているでしょうか。

それを告白するのは簡単ではありません。私は弱い自分が嫌でたまりません。

しかし、私が弱いとき、私は自分ひとりで立つことができません。むしろ、あなたにより頼むしかありません。

そして、そのときこそ、私はあなたに最も近いのです。なぜなら、あなたが私に力を注いでくださり、私は再びあなたの愛の深さを思い出すからです。

イエス様、あなたはそのように三十三年間この世を歩まれ、誰よりも天の父と親しく交わっておられました。

私もそのような関係を願います。天の父に近づきたいです。あなたと親しく歩みたいです。

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ピリピ人への手紙のデボーション

どんな境遇にあっても、私は強い

私は。。。ありとあらゆる境遇に対処する秘訣を心得ています。私を強くしてくださる方によって、私はどんなことでもできるのです。(ピリピ人への手紙4:12-13)

私が高校生のころから、「私を強くしてくださる方によって、私はどんなことでもできるのです。」という言葉が大好きです。

別訳で、「どんな境遇にあっても、私は強いです。なぜなら、キリストは私を強めてくださいますから。」

私は強いです。私の体質のためではなく、むしろ、キリストは私に力を注いでくださっているからです。

良いときだけではなく、悪いときにも私は強いです。

この世やサタンが私にどんな試練やトラブルを投げかけても、私は強いです。

ありとあらゆる境遇にあっても、私は強いです。

主よ、私は自分を見て、たくさんの弱さを見ることができます。だから、「私は強い」と言うと、その言葉が私には合わない気がします。

でも、あなたにおいて、私は強いです。私の弱さのうちにあなたの力は完全に現れるからです。(第二コリント12:9)

だから、どんな境遇にあっても、私は満足です。あなたは私とともにおられるからです。あなたが良い方で、私は感謝します。イエス様の御名によって祈ります。アーメン。