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ルカの福音書のデボーション

御霊に満ち、遣わされて

さて、イエスは聖霊に満ちてヨルダンから帰られた。そして御霊によって荒野に導かれ…(ルカの福音書4:1)

イエスは御霊の力を帯びてガリラヤに帰られた。(ルカの福音書4:14)

「主の霊がわたしの上にある。
貧しい人に良い知らせを伝えるため、
主はわたしに油を注ぎ、
わたしを遣わされた。
捕らわれ人には解放を、
目の見えない人には目の開かれることを告げ、
虐げられている人を自由の身とし、
主の恵みの年を告げるために。」(ルカの福音書4:18-19)

正直に言うと、今日の初め、私の心は乱れていました。おそらく、SNSやニュースを開いたところから一日を始めてしまったからでしょう。

そこで、「人の怒り」(ヤコブ1:20)に心を向けていたことを悔い改め、上の言葉に目を向けました。

御霊に満ちていた。

御霊によって導かれた。

御霊の力を帯びた。

御霊によって油注がれ、遣わされた。

イエス様はそのように歩んでおられました。

私もそのように歩みたいと願っています。

なぜなら、私たちは壊れた世界に生きており、その世界は良い知らせを切実に必要としているからです。

王は来られました。

その御国はすでに始まっています。

主の恵みの年が訪れました。

だから、私はこのように祈っています。

天のお父さん、私が怒りや恐れに駆られるのではなく、あなたの御霊に満たされるようにしてください。周囲の人々に、あなたにある希望を届ける器として私を用いてください。

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マタイの福音書のデボーション

悔い改め以上

私はあなたがたに、悔い改めのバプテスマを水で授けていますが、私の後に来られる方は私よりも力のある方です。。。

その方は聖霊と火であなたがたにバプテスマを授けられます。(マタイの福音書3:11)

今朝、私はその言葉を思い巡らしました。

もちろん、神様は私たちの悔い改めを願っておられます。

しかし、神様はそれだけではなく、私たちの内側でさらに深いことをなさろうと願っておられます。

つまり、精錬する者の火で私たちを清め、御霊の力と臨在で私たちを満たそうとしておられるのです。(マラキ書3:2~3;使徒の働き1:8)

この世は本当に壊れています。

私の内にも、まだ壊れた部分があります。

けれども、私がひびのある器であっても、神様は私を通してこの壊れた世に触れたいと願っておられることを信じます。

だから今日、神様がそのように働いてくださるように祈っています。

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マルコの福音書のデボーション

苦しむ人々で満ちた世界

今日の箇所を読んで、この世の中で苦しんでいる人々のことを考えました。

死がこの世に入って来て、愛している人々に触れたために苦しんでいる人々がいます。(マルコの福音書5:22ー23、35節)

ある人々は、何をしても自分の問題が悪化しているので、苦しんでいます。(25ー26節)

ある人々は心の中で、昼も夜も叫び続けます。(5節)

イエス様はそのような人々を憐れんでくださいました。イエス様は彼らに触れて、癒してくださいました。

今、イエス様は私たちが同じことをするように召しておられます。この壊れた世界には、私たちはイエス様の目、耳、口、手と足です。

主よ。私の目を開いてください。私の周りの苦しんでいる人々を見ることができるように助けてください。どうか私を用いてください。私があなたの愛で彼らに触れ、あなたからの癒しを与えることができるように助けてください。