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ルカの福音書のデボーション

神様が大切にしておられるものを大切にする

ルカの福音書にある三つの例え話を、私はこれまで何度も読んできましたが、今日、初めて一つの考えが心に浮かびました。

放蕩息子が帰ってきたとき、父の喜びに対する長男の反応は、私たちはよく知っています。

しかし、近所の人たちはどう反応したでしょうか。もしその息子をよく知っていて、好意を持っていたのなら、きっと彼らも本当に喜んだでしょう。

では、羊飼いや女性の近所の人たちはどうでしょうか。彼らにとっては、そこまで大きな出来事ではなかったでしょう。

もちろん、「それは良かったね」とは言ったでしょう。

けれども、その後すぐに忘れてしまったに違いありません。

なぜでしょうか。それは、羊飼いや女性と同じようには、その失われたものに価値を置いていなかったからです。

長男もまた、父と同じようには弟に価値を置いてはいませんでした。

同じように、パリサイ人たちはイエス様のようには「罪人」や収税人に価値を置いていませんでした。彼らの目には、その人たちは救いようのない者に見えていたのです。

一方で、イエス様は彼らに最高の価値を置き、大切にされました。だからこそ、イエス様は彼らを積極的に探し求められました。そして、一人が悔い改めるとき、天にいる者たちは皆、喜ぶのです。

では、私たちはイエス様と同じように人々を大切にしているでしょうか。

この世では、人々は行動や言葉、態度によって、ますます周りの人を軽んじてしまいます。

私自身も、そうしてしまうときがあります。

しかし、イエス様は十字架で命を捧げるほどに、彼らを愛しておられます。

それなのに、私たちは彼らを軽んじてよいのでしょうか。

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私たちが入ろうとしないとき

すると兄は怒って、家に入ろうともしなかった。それで、父が出て来て彼をなだめた。(ルカの福音書15:28節)

上の言葉に私は心打たれました。

放蕩息子の話を読むとき、私たちはたいてい次男に注目します。

でも、この話に登場する父親は、次男だけではなく、長男をも愛していました。

だから、長男が愚かな態度を取り、苦々しい思いを抱いて、家に入ろうとしないと、父親はその息子のところに行きました。

私たちは、どれだけ長男のように振る舞うでしょうか。

自分の問題のため、あるいは神様に不当に扱われていると感じるために、私たちは愚かな態度を取り、苦々しい思いを抱いて、神様のもとに来ようとしません。

でも、私たちが入ろうとしないとき、神様は出て来ます。神様は私たちを救われたとき、そのような恵みを与えてくださったし、今なお、その同じ恵みを与えてくださいます。

詩人アサフも、そのような恵みを受けて、こう書きました。

私の心が苦みに満ち 私の内なる思いが突き刺されたとき、私は愚かで考えもなく、あなたの前で、獣のようでした。

しかし、私は絶えずあなたとともにいました。あなたは私の右の手を、しっかりとつかんでくださいました。

あなたは、私を諭して導き、後には栄光のうちに受け入れてくださいます。(詩篇73:21ー24)

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あなたは取るに足りない者ではない

私はこの話を何度も読んだことがあります。でも、今日、この言葉が思い浮かびました。

「神様の目には、取るに足りない人などいません。」

羊飼いはまだ99匹の羊を持っていたのに、彼にとって、いなくなった1匹の羊は取るに足りないものではありませんでした。

女の人はまだ9枚も銀貨を持っていたのに、彼女にとって、なくなった1枚の銀貨は取るに足りないものではありませんでした。

父にはもっと「忠実」な息子がいたのに、次男がその父に「お父さんが死ねば良いのに」と言ったのに、その父にとって、次男は取るに足りないものではありませんでした。

そのように、神様にとって、私たちも取るに足りないものではありません。

神様にはたくさんの子供たちがいるかもしれません。その子供たちは、私たちよりも才能があり、もっと忠実で、もっと素直な人かもしれません。

でも、神様は私たちを見捨てて、死なせたわけではありません。むしろ、私たちがまだ罪人であったとき、イエス様は私たちのために死んでくださいました。(ローマ5:8)

そして、私たちが悔い改めて神様のもとに戻ると、神様は私たちを大歓迎して、天使たちとともに大喜びしてくださいます。

だから、覚えておいてください。あなたは神様にとって取るに足りないものではありません。むしろ、神様にとって、あなたは尊い人です。

その真理に思いを馳せましょう。その真理を喜びましょう。

でも、それだけではなく、私たちが神様から受けた愛と憐れみを、周りの人々に与えましょう。

なぜなら、彼らも神様にとって取るに足りないものではないのです。