パウロは、最高法院の人々を見つめて言った。
「兄弟たち。私は今日まで、あくまでも健全な良心にしたがって、神の前に生きてきました。」(使徒の働き23:1)
今日の箇所を読んだとき、「パウロの言葉を言うことができたらいいのに」と思いました。
もちろん、そう言うときに、傲慢で独善的な態度を取ってはいけません。
実際、私たちは健全な良心に従おうとしても、時にはひどいことをしてしまうことがあります。パウロは、他の多くの人々以上に、そのことを理解していたでしょう。(第一テモテ1:13〜14)
しかし、私は決して自分の良心に反して故意に罪を犯したくありません。
むしろ、自分の罪を見いだすとき、私はパウロのように柔らかい心を持ち、すぐに悔い改めたいです。(使徒の働き23:5)
だから、これはいつも私の心の祈りです。
だれが、自分の過ちを悟ることができるでしょう。
どうか、隠れた罪から私を解き放ってください。あなたのしもべを傲慢から守ってください。それらが私を支配しないようにしてください。そのとき私は大きな背きから解き放たれて、全き者となるでしょう。
私の口のことばと、私の心の思いとが御前に受け入れられますように。主よ、わが岩、わが贖い主よ。」(詩篇19:12〜14)
