カテゴリー
ヨハネの福音書のデボーション

世の光となって

イエスは答えられた。「この人が罪を犯したのでもなく、両親でもありません。この人に神のわざが現れるためです。

わたしたちは、わたしを遣わされた方のわざを、昼のうちに行わなければなりません。だれも働くことができない夜が来ます。

わたしが世にいる間は、わたしが世の光です。」(ヨハネの福音書9:3~5)

私たちの人生に悪いことが起こるとき、神様がきっと私たちを罰しておられるのだろうと考えてしまうのは、容易なことです。

牧師は昨日の説教で、創世記にあるヨセフの物語について語っていました。ヨセフは自分の状況だけを見るなら、こう思ったかもしれません。「神様は何かの理由で私を罰しておられるのだろうか。なぜ私はこのように苦しんでいるのだろうか。」

しかし、神様はヨセフを罰しておられたのではありません。むしろ、ヨセフにご自身のみわざを現すために、その困難をあえて許されたのです。

だからこそ、ヨセフはどこに置かれても、神様が備えられた働きを忠実に行いました。そうすることで、彼は自分を裏切った兄たちだけでなく、エジプトの人々すべてに光となりました。

神様が私の人生にも同じように働いてくださることを願っています。

イエス様のように、私は世にいる間、世の光です。(マタイの福音書5:14)

そしてイエス様と同じように、神様は私のために良い行いをあらかじめ備えてくださいました。だから、私はその良い行いを、忠実に歩んでいくべきです。(エペソ人への手紙2:10)

あなたについても同じことが言えます。

だからこそ、私たち皆でこのように祈りましょう。

主よ、あなたのみわざが私に現れますように。私の人生を通して、あなたが栄光を受けてくださいますように。