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ヨハネの福音書のデボーション

私たちが真実でなくても

ヨハネの福音書13~14

ペテロはイエスに言った。「主よ、なぜ今ついて行けないのですか。あなたのためなら、いのちも捨てます。」

イエスは答えられた。「わたしのためにいのちも捨てるのですか。まことに、まことに、あなたに言います。鶏が鳴くまでに、あなたは三度わたしを知らないと言います。あなたがたは心を騒がせてはなりません。神を信じ、またわたしを信じなさい。(ヨハネの福音書13:37~14:1)

聖書の章と節の区分は便利ですが、ひとつの問題は、その章と節のせいで、私たちがしばしば本来つながっている思いを分断して読んでしまうということです。

なぜイエス様は弟子たちに「心を騒がせてはなりません」と言われたのでしょうか。

なぜイエス様は「わたしを信じなさい」と命じられたのでしょうか。

それは、弟子たちがイエス様に対して真実でなかったにもかかわらず、イエス様が彼らに対して常に真実であられることを励まそうとしておられたからです。

また、イエス様はしばらく彼らから離れておられますが、彼らを捨てられるわけではありません。むしろ、イエス様は必ず戻り、彼らをご自分のもとに迎えてくださいます。

ペテロはイエス様に対して大きく失敗してしまいましたが、イエス様は彼を捨てられませんでした。むしろ、イエス様はペテロを追い、取り戻してくださいました。(マルコの福音書16:7;ルカの福音書24:34;ヨハネの福音書21章)

しかし、それはペテロだけのためではありません。イエス様はすべての弟子たちのために同じことをしてくださいました。(ルカの福音書24:36~49)

私たちは、自分の失敗の大きさや、その頻度を見ると、容易に絶望してしまうときがあります。

しかし、イエス様は「しっかりして、自分を信じなさい」と言っておられるのではありません。

むしろ、イエス様はこのように言って、私たちを励ましてくださいます。「わたしを信じなさい。あなたがどれほど失敗しても、わたしはあなたを決して捨てることはありません。」

私たちが真実でなくても、
キリストは常に真実である。
ご自分を否むことができないからである。(テモテの手紙第二2:13)

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