わたしはぶどうの木、あなたがたは枝です。人がわたしにとどまり、わたしもその人にとどまっているなら、その人は多くの実を結びます。わたしを離れては、あなたがたは何もすることができないのです。(ヨハネの福音書15:5)
最近、この箇所に基づいた歌をよく聴いています。
その歌詞の一つは、
I’ll be the branch,
私は枝でいます。
You be the vine.
あなたはぶどうの木であってください。—マーク・ガーシュメル
今日、このことばを思いめぐらしています。
「私の人生には、あなたはぶどうの木であってください。私は枝として生きます。」
それはどういう意味でしょうか。
たぶん、それは、「私の主であってください。私はあなたの立場を奪おうとせず、素直にあなたを信頼し、従います」ということです。
なぜなら、ペテロと同じように、私は主のみことばがいのちを与えるものだと信じているからです。(ヨハネの福音書6:68)
だから、私は主のみことばを喜んで心にとどまらせます。私はもはやそのみことばと言い争ったり、戦ったりすることはありません。
むしろ、私はそのみことばに洗われ、変えられることを喜んで受け入れます。そうすれば、そのみことばがどれほど良く、いのちを与えるものであるか、また天のお父さんがどれほど私を愛してくださるのか、さらにはっきりと分かるようになると知っています。
そして、その愛に満ちて、私は多くの実を結んでいきます。
私は毎日、イエス様がぶどうの木であり、私は枝として生きる喜びをますます知りたいです。
あなたはどうでしょうか。
I feel so free
私は自由を感じます。
When you are my Lord,
あなたが私の主であり、
And I am just me.
私がただ私でいられるとき。—マーク・ガーシュメル
