私は、幼子であったときには、幼子として話し、幼子として思い、幼子として考えましたが、大人になったとき、幼子のことはやめました。
今、私たちは鏡にぼんやり映るものを見ていますが、そのときには顔と顔を合わせて見ることになります。今、私は一部分しか知りませんが、そのときには、私が完全に知られているのと同じように、私も完全に知ることになります。
こういうわけで、いつまでも残るのは信仰と希望と愛、これら三つです。その中で一番すぐれているのは愛です。コリント人への手紙第一13:11~13)
天のお父さん、私は幼子のような考え方をしたくありません。あなたからの賜物ではなく、あなたご自身に私の心が奪われることを願っています。
あなたは私に対して寛容であり、親切です。あなたは私に決していらだっておられません。あなたは私の罪を心に留めておられません。あなたは私の弱さを忍耐強く受け止め、私を信じ、私の最善を望んでおられます。あなたの私への愛は、決して絶えることがありません。
天のお父さん、私に対するあなたの愛は、本当に素晴らしいです。あなたと顔と顔を合わせてお会いできる日を楽しみにしています。あなたが私を完全に知っておられるのと同じように、私もあなたを完全に知ることを楽しみにしています。
そのときまで、私をあなたのかたちにますます似た者としてください。あなたが私を愛してくださったように、私が周囲の人々を愛することができるように助けてください。
そして、毎日毎日、一瞬一瞬、あなたとその愛に私の心が奪われるようにしてください。
