あなたがたも耐え忍びなさい。心を強くしなさい。主が来られる時が近づいているからです。
兄弟たち。さばかれることがないように、互いに文句を言い合うのはやめなさい。見なさい。さばきを行う方が戸口のところに立っておられます。(ヤコブの手紙5:8~9)
私たちは使徒の働きを通読したとき、ペテロがコルネリウスに語った福音のメッセージを読みました。そのとき、ペテロはこう語りました。
そしてイエスは、ご自分が、生きている者と死んだ者のさばき主として神が定めた方であることを、人々に宣べ伝え、証しするように、私たちに命じられました。(使徒の働き10:42)
私にとって、それは良い知らせです。なぜなら、悪がしばしば罰されないこの世にあっても、正義は最終的にもたらされるからです。
だからこそ、この壊れた世に生きる私たちに、ヤコブは「心を強くし、耐え忍びなさい」と勧めることができるのです。イエス様が再び来られ、すべてのことをさばかれるからです。
しかし、主の再臨を思うとき、私たちは自分自身の行動も省みなければならないことに気づかされます。なぜなら、私たちの心と態度、特に周囲の人々に対する心と態度もさばかれるからです。
ヤコブは以前にも、そのことについて語っていました。(ヤコブの手紙2:12~13)
私たちがさばきの日を恐れるべきだと言っているのではありません。私たちの罪の代価は十字架で支払われたのです。(第一ヨハネ4:17~18)
それでも、私たちはいつか主の前に自分のことを申し開きしなければなりません。
だからこそ、私たちは毎日どのように歩んでいるのかを省みる必要があります。
そのことを思い巡らしつつ、神の愛を確信しながら、自分の過ちを認め、ダビデとともに祈ります。
神よ、私を探り、私の心を知ってください。
私を調べ、私の思い煩いを知ってください。私のうちに傷のついた道があるかないかを見て
私をとこしえの道に導いてください。(詩篇139:23~24)



