イエスは答えられた。「まことに、まことに、あなたに言います。水と風(別訳)によって生まれなければ、神の国に入ることはできません。(ヨハネの福音書3:5)
私は確実には言えませんが、もしかしたら、その訳は正しいのかもしれません。
旧約聖書の言語でも、新約聖書の言語でも、御霊・風・息は同じ語で表されます。
ですから、もしかすると5節でイエス様は、「水」と「風」を御霊の比喩として用いておられたのかもしれません。
つまり、「御霊によって生まれなければ、神の国に入ることはできない」ということです。
実際、イエス様は6節と8節で、「水と風によって生まれる」という表現を「御霊によって生まれる」と言い換えておられます。
いずれにせよ、私は、なぜ聖書が御霊を水や風に例えるのかを考えていました。
旧約聖書では、水は人を清め、乾いた地を潤し、実を結ばせ、いのちを与えます。(イザヤ書44:3~4;エゼキエル書36:25;47:8~9)
また、息は四方から吹き、人に吹きつけて、彼らを生き返らせました。(エゼキエル書37:9~10)
さらに、神の『息』は人の内に住み、その『風』は神の道に従うように導いてくださいます。(エゼキエル書36:26~27)
ですから今日、私はこのように祈りました。
聖霊様、私に吹きつけ、私を生かしてください。私はあなたから離れていては、いのちを持つことができません。
私の罪と汚れをきよめてください。私の中の乾いたところを潤し、私が実を結ぶ者となるようにしてください。
そして、あなたの生ける水の川が私から流れ出て、周囲の人々にいのちを与えるようにしてください。
あなたは思いのままに行かれます。どうか私を連れて行ってください。あなたがどこに行っておられるのかを教えてください。あなたの道を示してください。
私はあなたがどこに行っておられるのか分かりませんが、どうか私を導いてください。
