そのとき、イエスは彼女に答えられた。「女の方、あなたの信仰は立派です。(マタイの福音書15:28)
イエス様がカナン人の女性をほめられたとき、弟子たちはどう感じていたでしょうか。
弟子たちは彼女を追い出そうとしましたが、結局イエス様は彼女の願いをかなえてくださいました。さらに、イエス様は彼女にこう言われました。「ああ、あなたの信仰は立派です。」
弟子たちはそれを聞いて、きっと少し恥ずかしく感じたでしょう。彼らがその女性を追い出そうとしたからだけでなく、イエス様が何度も弟子たちに「あなたたちは信仰の薄い人たちだ」と言われていたからです。マタイ14章と16章を見ると、そのことが分かります。
一方で、イエス様はこの女性に「あなたの信仰は立派だ」と言われました。
では、なぜイエス様はそう言われたのでしょうか。
それは、最初イエス様が彼女を無視し、娘を助けてくださらないかのようにふるまわれたにもかかわらず、彼女はなおイエス様を信じ続けたからです。
つまり、彼女はイエス様が良い方であることを信じ続け、イエス様が娘を助けてくださると信じ続けたのです。
この話を読むと、私はルカ18章にあるイエス様のたとえ話を思い起こします。
そのたとえでは、あるやもめが堕落した裁判官に正義を願い求めました。裁判官は最初、彼女を助けようとしませんでしたが、彼女がしつこく願い続けたので、ついに助けてくれました。
イエス様はその裁判官を天の父と対比されました。
時には、天の父は私たちの祈りにすぐ答えてくださらないことがあります。また、神様が私たちを愛しておられないように見えることもあります。
けれども、私たちはあきらめずに祈るべきなのです。
そしてイエス様は私たちに問いかけられます。
人の子が来たとき、はたして地上に信仰が見られるでしょうか。(ルカ18:8)
私たちが嵐に直面するとき、イエス様は信仰を見られるでしょうか。
サタンが私たちを攻撃するとき、イエス様は信仰を見られるでしょうか。
私たちが必要に迫られるとき、イエス様は信仰を見られるでしょうか。
私たちが不正に直面するとき、イエス様は信仰を見られるでしょうか。
イエス様が私たちをご覧になるとき、「ああ、あなたの信仰は立派です」と言ってくださるように。
