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使徒の働きのデボーション

イエス様を伝えるとき

サウロは……ただちに諸会堂で、「この方こそ神の子です」とイエスのことを宣べ伝え始めた。

しかし、サウロはますます力を増し、イエスがキリストであることを証明して、ダマスコに住むユダヤ人たちをうろたえさせた。(使徒の働き9:19~20、22)

この二つの箇所を読み流してしまうことは容易です。

しかし、以前の記事で述べたように、『使徒の働き』全体を通して、福音の核心が「イエスは主」であることは一貫したテーマです。

パウロの最初のメッセージからも、そのテーマを見ることができます。

「イエスは神の子である」や「イエス様はキリストである」といった言葉は、同じ真理を語っています。つまり、イエス様は神様が選ばれた王であるということです。

その意味するところは、「あなたの良い王の支配の下に身をおきなさい」という招きです。

だからこそ、私たちが人々にイエス様について語るとき、もちろん、イエス様は人となった神であり、私たちの間に住んでおられたことを伝えるべきです。また、イエス様が私たちの救い主であることも語るべきです。

しかし、私たちが最も大切に伝えるべきことはこうです。「イエス様はあなたの正当な王です。イエス様の良い支配の下に身をおきなさい。」

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創世記のデボーション

神様は訪れられるとき

主は約束したとおりに、サラを顧みられた。主は告げたとおりに、サラのために行われた。(創世記21:1)

聖書の翻訳は、とても興味深いものです。新改訳では「主はサラを顧みられた」とあり、英訳では「主はサラに恵みを与えた」または「神様はサラを訪れた」と訳されています。

実は、これら三つの訳はすべて正しいのです。へブル語の原文には、神様が人を心に留め、祝福するために、あるいは裁くために訪れるというニュアンスが含まれています。

サラの場合、神様は彼女を心に留め、祝福するために訪れられました。

それから何百年後、主はもう一人の女性を訪れられました。それはマリアです。その時、神様はもう一つの約束を果たされました。それは、私たちに救い主を送るという約束です。

そして、イエス様によって、私たちは恵みの上にさらに恵みを受けました(ヨハネ 1:16)。

私は以前にも申し上げましたが、もう一度言わせてください。

ことばに表せないほどの賜物のゆえに、神に感謝します。(第二コリント9:15)