今朝、私は「キリスト」と「神の子」ということばに思いを巡らしていました。
私たちはイエス様について話すとき、そのことばをよく使いますが、その意味を深く考えることはあまりないでしょう。
キリストとは、「神によって油を注がれた王」という意味です。
「神の御子」は、もちろんキリストが神であられることに触れますが、ユダヤ人たちは王をある意味で「神の子」として理解していました。
だから、今日、ガラテヤ人への手紙2章20節を新鮮な思いで読みました。
私は王とともに十字架につけられました。
もはや私が生きているのではなく、王が私のうちに生きておられるのです。今私が肉において生きているいのちは、私を愛し、私のためにご自分を与えてくださった、王に対する信仰によるのです。(ガラテヤ人への手紙2:20)
貼り付けられた革命家と同じように(その人は普通、強盗と呼ばれますが、実際には革命家だったのかもしれません)、私は正当な王とともに十字架につけられました。
反逆者である私は、もはや生きていません。
むしろ、王は私のうちに住み、心の王座に座っておられるのです。
今、私は毎日この王への信仰によって生きています。この王が良いお方であり、私を愛し、私の最善を望んでおられることを心から信じているのです。
だからこそ、愛と信頼に満ちた心で、私の良い王に従おうと選びます。私はもはや自分自身のためではなく、イエス様のために生きているのです。
王様が長く生きられますように。


